見えない境界線
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
宇宙は、驚くほど静かだった。
星舟ノア・レムリアの周囲には、敵影も異常反応もない。
だが、その「何もなさ」が、かえって不自然だった。
「……静かすぎるな」
ブリッジ中央で、ルシアンが低く呟く。
「同感です」
マリアは即座に応じる。
各種センサーのログを重ね合わせても、異常値は一切出ていない。
それでも、嫌な“空白”がある。
敵がいないのではない。
隠れている、あるいは――。
「無貌教団は、必ず動きます」
マリアの言葉は断定だった。
「こちらが星舟を完全に失っていないと知れば、放置はしない。
問題は、“どこから”来るかです」
ルシアンは頷く。
「正面から来るとは思えん。
あの連中は、いつも回りくどい」
そのときだった。
「――微弱反応、捕捉!」
後部観測席のカイが声を上げる。
「空間歪曲、極小レベル! 座標、こちらです!」
スクリーンの一角に、かすかな揺らぎが映る。
星の配置が、ほんのわずかにズレている。
「ワープでも転移でもない……?」
ルーナが眉をひそめる。
「違う。これは――“観測”だ」
マリアの声が、わずかに硬くなる。
「向こうからこちらを見ている。
でも、まだ“触れて”はいない」
「偵察か」
「ええ。あるいは――誘いです」
ルシアンは一瞬だけ考え、すぐに決断した。
「無視する。こちらからは動かない」
「了解」
「ただし、全員警戒態勢。
次に来るのは、たぶん――」
言葉は、そこで途切れた。
ブリッジの通信ランプが、唐突に点灯する。
外部回線。
暗号化されていない、むき出しの通信。
「……映せ」
スクリーンが切り替わる。
そこに映ったのは、
人の姿をしているが、人ではない“何か”だった。
顔はある。
だが、輪郭が定まらない。
視線を向けるたび、表情が微妙に違って見える。
「――久しぶりだな、レムリアの末裔」
声は穏やかで、礼儀正しい。
それが逆に、不気味だった。
マリアの背筋に、冷たいものが走る。
(……ナイ)
名乗らずとも、分かる。
「ずいぶんと静かに航行しているようだ。
まるで、何も知らないかのように」
ルシアンは、感情を表に出さずに応じた。
「用件を言え」
「冷たいな。
こちらは、ただ“忠告”に来ただけだ」
ナイと名乗る存在は、微笑んだように見えた。
「君たちが進もうとしている先――
そこには、もう“余白”が残っていない」
「……何の話だ」
「選択の話だよ、船長」
その瞬間、通信が一方的に切断された。
ブリッジに、沈黙が落ちる。
「……忠告、ですか」
カイが唾を飲み込む。
「ええ。でも――」
マリアは静かに言った。
「これは宣戦布告でも、罠でもない。
もっと厄介なものです」
「どういう意味だ」
「向こうは、“こちらが何を守ろうとしているか”を知っている」
ルシアンは、前方スクリーンを見据えた。
そこには、何事もなかったかのような宇宙が広がっている。
だが確かに、
物語は次の段階へと押し出された。
「……全員、配置につけ」
その声は、静かで、揺るがなかった。
星舟ノア・レムリアは、
見えない境界線を越えつつあった。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




