静かな朝
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
ブリッジに、いつも通りの朝が訪れていた。
星舟ノア・レムリアは、惰性航行に入ったまま、ほとんど揺れもなく宇宙を滑っている。
警告音は鳴っていない。
計器類も、すべてが正常値を示していた。
マリア・アトランティアは、いつもの席に腰掛け、端末を操作している。
指の動きは正確で、迷いもない。
――外から見れば、何も変わっていない。
「航路、問題なし。次の中継ポイントまで、予定通りです」
淡々とした声で報告する。
その声音に、揺らぎはなかった。
ルシアンは軽く頷き、前方スクリーンに視線を戻す。
「了解。引き続き監視を」
「はい」
それだけのやり取り。
いつもと同じ、何気ない朝。
だが、マリアは一瞬だけ、操作の手を止めた。
前方スクリーンに映るのは、星々の静かな流れ。
その奥に、何もないはずの“空白”を、見つめるように。
ほんの一瞬。
呼吸が、わずかに遅れた。
(……夢)
そう思ったのか、思わなかったのか。
マリア自身にも、はっきりしない。
ブリッジに立つ自分。
誰もいない空間。
名前を呼ばれることもなく、ただ、そこに立っていた感覚。
理由のない不安。
そして、同時に訪れた――理由のない安堵。
「……大丈夫」
小さく、誰にも聞こえない声で呟く。
何が大丈夫なのかは、自分でも分からない。
ただ、胸の奥に残っていた冷たい感触が、ゆっくりと薄れていくのを感じていた。
ルシアンが、ふと横目でこちらを見る。
「マリア?」
「……いえ。何でもありません」
即座に、いつもの調子に戻る。
その表情に、違和感はない。
ルシアンはそれ以上何も言わず、再び前を向いた。
問いかけなかったのは、信頼か、それとも直感か。
星舟は、変わらず進んでいく。
夢の痕跡を、どこにも残さないまま。
だが、マリアの胸の奥には、
言葉にも、映像にもならない“感触”だけが、確かに残っていた。
それが、いつか現実に触れるものなのか。
それとも、ただの夢の名残なのか。
――答えは、まだ、必要ない。
星舟ノア・レムリアは、静かに航行を続けていた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




