起点
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
星舟ノア・レムリアは、
歪域の中心へ向けて、ゆっくりと進んでいた。
先ほど見た“座っていた少女”の姿は、
既に背後の空間に溶けている。
だが、誰一人として、
それを「見間違いだった」とは言えなかった。
ブリッジには、
言葉にされない緊張が漂っている。
「……今のは」
タケルが、ようやく口を開いた。
「敵じゃ、ないよな?」
「違う」
即答したのはマリアだった。
「少なくとも、
私たちに干渉する意思はなかった」
「じゃあ何だ?」
「――残された視線」
その言葉に、ルーナが小さく息を吸う。
「誰かが、
この場所で“最後まで見届けられなかった”」
ルシアンは、
前方の空間を睨むように見つめていた。
歪域の奥は、
もはや星空とは呼べない。
光が、層を成している。
重なり合った時間そのものが、
可視化されているかのようだった。
「計測不能域、突破」
カイが淡々と告げる。
「……座標が、揺れてる」
「揺れてる?」
「固定されてない。
ここは“場所”じゃない」
マリアの胸が、
再びざわついた。
(来る)
理由はない。
けれど確信だけが、先に立つ。
次の瞬間、
星舟全体が、わずかに沈んだ。
落下ではない。
引き寄せられている。
「重力干渉!」
「違う、これは……」
ルシアンが言葉を切る。
「呼ばれている」
前方に、
“構造物”が現れた。
人工物だ。
だが、材質も規模も判別できない。
巨大な環状構造。
その中心は、ぽっかりと空いている。
「……門?」
ルーナが呟く。
「いや」
マリアは、
その中心を見つめたまま言った。
「帰還点です」
「帰還?」
「元々ここにあったもの。
レムリア人が、
この世界へ“移動した時”の……」
言葉を続けるのを、
一瞬だけ躊躇う。
「――起点」
その瞬間、
ブリッジの照明が一段階落ちた。
静かに、
だが確実に。
「警告」
星舟のシステム音が、
淡々と告げる。
《識別対象:未登録》
《侵入を推奨しません》
《本判断は、乗員の意思に委ねられます》
沈黙。
誰も、すぐには答えない。
タケルが、
マリアの横顔を見る。
「……行くんだろ?」
マリアは、微かに笑った。
「ええ」
「理由は?」
「ここを越えないと、
“封印”の正体に辿り着けない」
ルシアンは、
操縦桿に手を置いた。
「戻るなら、今だ」
「戻らない」
それは、
ブリッジ全員の総意だった。
星舟ノア・レムリアは、
巨大な環の中心へ進路を取る。
空間が、裏返る。
上下も前後も、
意味を失っていく。
その最中――
マリアの耳に、
微かな声が届いた。
(……ここは……)
それは、
夢とも記憶とも違う。
(……まだ、繋がっている……)
マリアは、
思わず胸元を押さえた。
心臓の奥に、
確かに残っている“誰か”。
名前も、姿も、
今は思い出せない。
それでも、
その存在だけが、消えない。
星舟は、
光の向こう側へ抜ける。
そして――
世界は、完全に切り替わった。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




