残響…
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
星舟ノア・レムリアが“空白”を越えた瞬間、
世界は音を失った。
振動も、警告音も、計器のクリック音すらない。
あるのは、張りつめた無音だけだった。
「……静かすぎる」
ルーナが思わず呟く。
計器類は正常値を示している。
酸素、重力、推進――すべて“問題なし”。
それが、かえって異様だった。
「データはある」
マリアが言う。
「でも……意味が追いつかない」
視界の外、
星々があるべき配置をしていなかった。
距離感が狂っている。
近いはずの星が遠く、
遠いはずの星が、すぐそこにある。
「遠近が……折れてる?」
カイが眉をひそめる。
「空間が曲がってるってレベルじゃないな」
ルシアンは操縦桿を軽く調整しながら、
慎重に前進を続けた。
その時だった。
ブリッジの前方、
何もないはずの空間に――
人影が、座っていた。
「――っ!」
タケルが息を呑む。
それは、椅子に腰掛けているようにも、
宙に浮かんでいるようにも見えた。
年の頃は十代半ば。
短く切り揃えられた髪。
どこか所在なさげな横顔。
「……誰?」
ルーナの声は、震えていた。
人影は、こちらを見ていない。
ただ、前を向いたまま――
まるで、ずっとそこにいたかのように。
マリアの胸が、強くざわめいた。
(……あ)
理由のない確信が、
一瞬で形を持つ。
「この空間……」
マリアは、言葉を選びながら続けた。
「“残響”です」
「残響?」
「誰かが、
ここにいた痕跡だけが、
まだ消えずに残っている」
人影が、ゆっくりと瞬きをした。
それだけで、
ブリッジの空気がわずかに揺れる。
「存在している、って言っていいのか?」
カイが低く問う。
ルシアンは、答えなかった。
代わりに、
操縦桿から手を離す。
「近づくな」
その声は、静かだが強かった。
「ここは、
触れてはいけない場所だ」
人影の隣に、
もうひとつ“空席”があるのが見えた。
誰かが、
そこに座るはずだった――
そんな気配だけが、残っている。
マリアは、無意識に
その空席から目を逸らした。
見てはいけない。
知ってはいけない。
それでも、
心の奥が、確かに疼く。
「……行きましょう」
マリアが言った。
「この先に、
“核心”があります」
星舟は、人影を避けるように、
静かに航路をずらす。
その瞬間――
人影の唇が、
わずかに動いた。
声は、聞こえなかった。
音も、意味も、届かない。
それでも、
マリアだけが理解した。
(……まだ)
(……まだ、終わっていない)
星舟ノア・レムリアは、
歪域のさらに奥へ進む。
背後で、
“座っていた少女”は振り返らない。
だが確かに、
誰かの未来を見送るように、
そこに在り続けていた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




