理由なき予感
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
夜明け前の星舟は、いつもより静かだった。
エンジンの低い鼓動音は変わらない。
照明の明るさも、気圧も、計器の数値も、すべて正常。
それなのに――どこか一枚、空気が薄い。
ブリッジの中央で、マリアは端末を操作していた。
いつもなら無意識に行っている作業を、今日は一つひとつ確認するように進めている。
「……問題なし」
自分に言い聞かせるように小さく呟き、視線を前に戻す。
ルシアンは、彼女の様子を横目で見ていた。
何かが違う。
だが、理由を聞くほどの“異常”は見当たらない。
「マリア」
名を呼ぶと、彼女は一拍遅れて振り向いた。
「はい。何でしょう」
声は普段通り。
けれど、瞬きの回数だけが、ほんの少し多い。
「次の航路確認を」
「……もう終わっています」
そう言って、彼女は即座にデータを表示した。
準備は完璧だ。
完璧すぎるほどに。
ルシアンはそれ以上何も言わなかった。
ブリッジ後方では、カイが操縦席に座り、ルーナが整備ログを眺めている。
タケルは相変わらず、何もないところで椅子をきしませていた。
「なあ、今日さ」
タケルが軽い調子で言う。
「なんか静かじゃない?
俺の腹が鳴ってないだけ?」
「黙って操縦しなさい」
ルーナが即座に返す。
そのやり取りに、誰も笑わなかった。
一瞬の沈黙。
マリアは視線を端末から外し、ブリッジの天井を見上げた。
何かを探すように。
あるいは、何もないことを確認するように。
――夢の内容は、もう思い出せない。
思い出そうとすればするほど、輪郭が崩れる。
けれど、胸の奥に残った感触だけが、消えない。
「大丈夫です」
唐突に、マリアが言った。
「何がだ?」
ルシアンが問う。
「……いえ。特に意味はありません」
そう答えてから、彼女は少しだけ困ったように笑った。
星舟は進む。
何事もなかったかのように。
何も変わらない航路を、正確になぞりながら。
ただ、誰も口にしないだけで――
全員が、同じことを感じていた。
“このままではいられない”という、理由のない予感を。
星舟の窓の外で、星々は変わらず輝いている。
それが、かえって不自然に思えるほどに。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




