も:もう、逃げられない……。
“探して……。”
夢で、見たことのない少女が泣いていた。
『……何を?』
問い返すと、少女は消えてしまうのだった。最近繰り返し、そんな同じ夢を見る。
何かの暗示なのか。
“探して。文字盤にラインストーンが埋め込まれた時計よ。探して……。”
泣いていた少女の訴えが、具体的になった。
男の目の前に居る少女は、彼女の目の前の誰かにずっとそう訴えかけているらしい。自分はそれを側で見ている感覚だ。
誰に話しかけているのか、少女しか見えない自分には分からない。何とも奇妙な夢だ。
『文字盤にラインストーンが埋め込まれた時計?』
心中で思っただけなのか、実際に口にしたのか……それを機に、すっと、少女の姿は消えた。
“探して……ルイヴィトンのハンドバッグよ。少し古い型の。探して。”
ただ泣いていた少女が、何か確信を持った強さを得た様に感じられた。
何なんだ? 失くしたものを探して欲しいって訴えかけてるだけなのか?
誰に? そして、大体、何で――
オレの夢に、現れる?
“探して。薄いグレーのスーツに、ブルーのストライプのシャツを着ていたわ。”
――がばっ、と男は飛び起きた。
まさか、と男は呟いた。
冷や汗が、背中を伝った。
“探して。40歳くらいの男のひとで、髪の毛はもじゃっとしてじとっとして、気持ち悪い感じ。眉毛は短くて太め。目は腫れぼったくて、白目がちで、目付きもいやらしい感じ。鼻はべちゃっと横につぶれてて、唇は上も下もすごい薄い。体格は太めで、背は……168くらい? その男が――彼女を……”
今まで斜め向こうを向いていた少女が顔をこちらに向けた、睨む様な目と男の視線が交差した――
車では入れない山奥に、男は来ていた。掘り起こした土の中。
ブルーのストライプのシャツの上にグレーのスーツのスカートを履いた彼女は居た。細い手首に光る、ラインストーンが埋め込まれた時計。足元に押し込まれたルイヴィトンの鞄と、グレーのスーツの上着。
――男が殺して埋めた女性。
眠るのが怖い。透視するかの様に事実を言い当てる少女と、夢の中で目が合ってしまった。
外に出るのが怖い。会社も無断欠勤し、電話のコードを根元から引きちぎって、男は家の中で震えていた。
……少女には、どこまで見えているんだろうか。オレの身体的特徴を全て言い当てられた。彼女の語る相手は……警察、だろうか。
オレの名前、もじきに分かるんだろうか。オレの顔が分かる位なんだから、オレの勤める会社だって分かるのかも知れない。オレが何であの女を殺したのか、誘いを断られてむしゃくしゃして、無理矢理連れ出して……って経過も、あの少女には見えてんだろうか。
……突然、ピンポンピンポン、とインターホンが鳴った。
『宅急便です。お持ちして宜しいでしょうか?』
顔がよく見える様に帽子のつばを上げてみせて、宅配会社の青年がインターホンの向こうで呼びかけてきていた。小さな抱えた段ボールに印字された通販会社の社名。男が数日前に頼んだ商品の会社だ。
男はおそるおそる玄関の解錠ボタンを押した。その瞬間。
青年の後ろから、するりと夢で見た少女が現れた。その向こうからわらわらと近寄ってくる、制服警官達。
にいっ、と少女は笑った。
“探したよ……。”




