博士
「指揮官?だれのことデスカ」
「……今のは忘れて。私の思い違いよ」
なんとか誤魔化せたらしい。まあヴァイスも、成人男性だった指揮官がこんな少女の姿になってるとは考え難いだろう。LFが少女型で助かった。
「それよりさっきの指揮力は異常だった。あなた一体何者なの」
「さぁ。自分も新型であるとしか博士に言われてないのでわかりかねます」
「アザレア博士……ね。まあいいわ。さっきはありがとう。お陰で損失を出さずに窮地を乗り切れた」
「どうも。さぁ帰路につきましょう。流石に疲れました」
「あら、随分と人間らしいことを言うのね。本来のあなたは」
まだ疑ってるのかとヴァイスを見つめてみれば、そういったわけでもないようだ。いつも通り冷静なその瞳は、しかし今までよりも少し輝いて見えた。
「ヴァイスちゃ~ん!無事?」
「アリス。ええ、無事よ。そっちも問題なさそうね」
「ユーディのおかげだよ!こんな指揮初めて!」
アリスは特に変わった様子はない。どうやら気づかないでくれたようだ。
「さあ帰り支度をしましょう」
その一言で、俺達は出発の準備を整え始めた。
+++
「実に面白い成果を見せてくれるね、君は」
無事に帰宅した俺を迎えたのは、アザレア博士によるメンテナンスであった。
ついでに今回の経験を話せば、博士はその曇った目を光らせて興味津々に質問攻めにしてきた。
「LFと人間での指揮の差なんて普段は観測できないよ。当たり前だがね」
画面のログを追う博士はどうにもおもちゃで遊ぶ子供のようだった。
「君を元に純粋なLFを作ったらどうなるのだろうね。新たな研究テーマにしようか」
「人間の複製なんて倫理的にどうよ」
「なに、そもそも君の存在だって倫理的にはまずいだろう。今更な話さ」
「まぁ、そうだろうが」
意図的に避けていた話題に触れられ、少しうろたえる。
スワンプマンしかりテセウスの船しかり、自己同一性についての議論は永遠の課題の一つだ。
いまや俺であった部分は脳の一部のみ。他は機械な俺が、俺であると言えるのか。俺は人間なのかLFなのか。
その答えは多分一生出ないのだろう。
「それで、どうだい、ドレッド部隊は」
「ダメだな。早く指揮官を入れないと、部隊の存続すら危うい」
「君はいいのかい?本来自分が座っていたであろう指揮官の椅子に他人が座っても」
「いいさ。俺は指揮官であることにこだわりがあるわけじゃない。今回だって、ヴァイスが的確に指示できてればそれに抗うようなことはしなかったさ」
「その的確さをLFに求めるというのは酷なことだと自覚してほしいね」
「以前のヴァイスならあれくらい余裕だ」
「はあ、まったく。まあいい。それより問題は、ヴァイスに君の正体がバレてないかだ」
「さすがにバレないだろ?見た目がこんなんだから」
「わからないものさ。女の勘というものは」
「そんな人間じゃあるまいし。まあ気をつけとくよ」
「ああ、くれぐれもバレないようにしたまえ。バレた際の影響は計り知れない」
「ああ、ありがとよ」
俺は診療台から降りて服を整える。
「それじゃあまたくるよ」
そういって研究所を後にした。
+++
研究所から出ていく彼を見て、アザレア博士こと私はため息をついた。
研究の進捗としては順調だ。
今回の任務は私の差し金だ。ドゥエラーの襲撃も計算通りだった。LFにも窮地を脱するための火事場の馬鹿力ともいうべき機能がある。その機能による効果を検証するのが今回の目的だった。
結果は予想以上だった。本来書き換えられないはずの指揮系統を意志の力で書き換え、生前を彷彿とさせる指揮力にて部隊を勝利へと導いた。部隊の運用効率を計算してみれば、彼の生前と同様、もしくはそれ以上の数値が出ている。
やはり私の理論は間違っていなかった。人間の脳を持つLFは、凡LFに対して強く作用する。この技術を昇華させていけば、いずれ人間を不要とするLF部隊の結成も可能だろう。となれば、人類は勝利へと一歩近づくことができる。
しかし懸念もある。まずLFの体に人間の脳が悪影響を受けないかだ。今のところ彼の脳パーツに異常は見られないが、経過観察は必要だろう。
次に他LFへの影響だ。今回発覚したオーバーライドは、LFのシステムを強引に書き換えてしまう諸刃の剣だ。良い方向へと向かえば今回のように多大な戦果をもたらすだろうが、もし悪い方向に作用してしまったら。もし悪意を持った人間によるオーバーライドが起きてしまったら。と懸念は尽きない。
「まあそれもこれも、経過次第だ」
私は席から立ち上がって、コーヒーメーカーの電源をつける。豆の保存容器を開ければ、鼻腔を良い香りが満たす。
ビーッ
恍惚としていた私を現実に突き戻したのは、訪問者を告げるブザーだった。
めずらしい。基地の辺境にある私の研究室を訪れるもの好きなんて、なかなかいるものではない。
玄関のカメラをつけて確認する。ふむ、なるほど。
「指揮モデルT型。個体名ヴァイスか」
嫌な予感が脳裏をよぎる。その予感を裏付けるかのように、カメラの向こうの彼女の表情は、不安と確信の間で揺れ動いてるかのように見えた。
「まあいい。入りたまえ」
コーヒーを淹れながら玄関のロックを解除した。




