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母が暮らす場所は、小さな町の商店街の中にある本屋だった。
母が‘咲さん’と呼ぶ老婦はこの店の店主で、母は一年ほど
前からこの住居と一体となった小さな店で、住み込みながら働
いているということだった。
この店の商品は、漫画や雑誌と言った一般的なものはほとんど
置いて無く、大きくて分厚い百科事典の様な本や古い資料の様
な本でほとんどを占められていた。
私が片づけることになった倉庫も、亡くなった咲さんの夫が集
めた、他では手に入らないであろう古びた本で埋め尽くされて
いた。
私が倉庫を片づけている時、母は店の番をしていた。
母は誰にでも穏やかに丁寧に接していたために、お客さんだけ
でなく周りの店の人達からもとても愛されている様だった。
何でも無い毎日ではあったけれど、若い母に接するのは新鮮な
感覚で、とても楽しかった。
「遥花・・、どこだい?」
倉庫の片づけをしていると、咲さんの声がどこからともなく響
いてきた。
「はーい、こつちだよ、おばあちゃん。」
私は、咲さんを‘おばあちゃん’と呼んでいた。
私の声を頼りに、倉庫に入って来たおばあちゃんは言う。
「片づけは進んでるかい?」
「うん、頑張ってやってるよ。」
「本当かい? あんまり進んでるようには見えないけど。」
「そんなこと無いよ、ちゃんとやってるよ。」
ひとしきり周りを見渡すと、おばあちゃんが私に言う。
「ちょっと、こっちに来な。」
私はそう言って居間に連れてこられると、そこでは母が皿にケーキ
を取り分けていた。
「三時だから、おやつにしようか。」
おばあちゃんがそう言うと、私達はテーブルを囲んだ。
「このケーキはね、加藤のおじちゃんが作った自慢のケーキなん
だからね、じっくり味わって食べなよ。」
それは、この店の四件隣にあるケーキ店の手作りチーズケーキで
知る人ぞ知る人気のケーキだった。
「いつもお昼には売り切れちゃうんだけど、今日は咲さんが
遥花ちゃんの為にって買って来てくれたんだよ。」
「今日はたまたま売れ残ってただけだよ。」
母の言葉におばあちゃんは、みんなから目を逸らして言う。
それを見て母は、ニコリと笑みを見せる。
「ありがと、とってもおいしいよ。」
おばあちゃんは、いつも私に厳しい言葉で接していたけれど、
私は時折見せるその優しさに、本当はとても思いやりのある人
なんだと、感じさせられる事がたびたびあった。
なにより、突然現れた得体の知れない私を、黙って家に置いて
くれたのだから・・・。
母もその優しさを、十分に分かっている様だった。