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暗い闇の世界から陽のあたる場所に戻った私が瞼を開くと、そこに
は見覚えの無い天井があった。
随分と久しぶりに眩しい光を目にした様な感覚の私は、頭の中がぐ
らぐらと大きく揺れて少し気分が悪かった。
「やっと目を覚ましたね。」
ゆっくりと顔を振って周りを窺う私の視界に入ってきたのは、七十
代前後の老婦だった。
「だいぶ顔色も良くなったから、もう大丈夫だね。」
老婦は、私では無い誰かに話しかける様に続ける。
「あんたが拾って来たんだから、後は自分で面倒見な。」
「はい、ありがとうございます。」
私が身体を起こして老婦の視線の先に目を向けると、そこにはまだ
二十代になったばかりくらいの、とても穏やかそうな女性が私を眺
めて座っていた。
「でも良かった・・・。 店の前で横になってたから、てっきり病
気かと思って・・・。 もう気分は大丈夫?」
そう言って私に微笑みかける女性、それは紛れも無く母だった。
しかも、二十代そこそこの若い母。
私は本当にやって来たんだ・・・若かりし母のいるこの時代に・・。
そして、母の‘大好きな人’がいるこの世界に・・。
「でもあんた、店の前で何してたんだい? 見たところ十五、六っ
てとこだけど・・・、家は? どっから来たんだい?」
突然の老婦の矢継ぎ早の質問に、私は戸惑ってしまった。
‘自分の正体を明かしてはいけない’あの声が心の中で響く。
「もしかして、入口のアルバイト募集の張り紙を見て・・?」
若い母から助け舟ともいえる言葉が発せられると、私は思わず言う。
「あっ、はい・・。 ここで働きたいんです・・・。」
「訳ありかい・・・? でも残念だね、もう募集はしてないんだよ。」
「あの・・、倉庫の整理がまだ残ってましたよね・・それをやって
もらうのはどうでしょう?」
訝るように私を見つめる老婦に、若い母は続ける。
「それに私、高いところがあまり得意じゃないから、手伝ってもら
えると助かるんですけど・・・。」
若い母の言葉に、老婦は腕組みをすると何か考えるような素振りをする。
「お願いします。 わたし料理も洗濯も出来るし・・・何でもやり
ますから、ここで働かせて下さい。」
必死に私が言うと、老婦はニコリと笑って若い母を見て言う。
「あんたの料理は食べられたもんじゃないからね。」
「分かったよ、倉庫の片づけが終わるまで、家事全般もやってもら
うからね。 それでいいかい?」
老婦は確かめるように私を見つめる。
「ありがとうございます。」
私は老婦に深く頭を下げた。
「でもあんまり高い給料は出せないからね」
「お金はいらないです、ただ・・・、ここに居させてください。」
「仕方ないね・・・、その代わりいっぱい働いてもらうよ。」
老婦はすこし困ったような表情をすると、悪戯っぽい笑みを見せた。
「ところであんた、名前は? 何ていうんだい?」
「遥花です。」
「良かったわね、遥花ちゃん。」
そう言って若い母は、私に微笑みかけた。
今まで明かさないように書いてましたが、
実はこの‘DESIRE’は、‘Faraway’の遥花側から見た話なんです。
不思議な少女、遥花の願いを描く物語です。