発表会の警備計画の確認 4
ルーチェの耳に女の叫びにも似た声が聞こえ、壁際から一気に跳びかかってきた。数歩の助走で一気に跳躍しながら右腕を振りかぶり、空中からルーチェに叩きつけようとしていた。ルーチェの方は女を一瞥するだけで、視線はヴォルティチの方へと向けたまま。振り下ろされた女の攻撃が当たる瞬間、ルーチェは左足を軸に体を回しながら右足を左足の後ろへと動かす。足の動きに連動して体の位置が変わる。女は空中で軌道を変えることができず、無人になった場所へ右腕を振り下ろしてきた。
ルーチェは下りてきた女の右手をタイミングを見計らって、自らのアルテファットの手でつかむ。
「なっ!?」
女が驚きの声をあげた。ルーチェは取った右手を落下の勢いに任せたまま、さらに下におろす。引っ張られるようにして、女が地面に足をつき、しゃがみ込むような形になった。すぐに女が体を起こそうとするが、それよりも早くルーチェは女の右手を後ろに回して捻り上げる。痛みのためか、あるいは折られないようにするためか、女がしゃがんだ姿勢のままさらに体を丸める。その勢いにルーチェの拘束が一瞬弛みそうになるが、わずかに力を入れて捻り上げて抵抗を抑える。
「くそっ!」
女が悪態をつきながら、完全に捻られている右肩越しにルーチェを見てきた。そこでルーチェは女の目を見る。目が見開かれ、思い切りにらみつけられていた。怒りかそれとも憎しみか。いずれにしてもルーチェは半眼になりながら、女の背中を左足で蹴り押し、同時に右手を解放する。
転がることはなかったが、床すれすれでたたらを踏んだ女。すぐにルーチェへと振り返った。同時に、腰の警棒へと手を伸ばした。しかし、そこにはルーチェの左手の拳が突きつけられていた。あと少し前に拳を進めれば顔に拳が叩きつけられる、それほどの距離にあった。
女と目が合う。今も何らかの感情が膨れ上がっていた目。ルーチェはそれを見ながら、手を引く。踏み込んだ姿勢から一歩下がり、じっと女を見ている。
すると――。
「……そこに手を伸ばしたとなると、いよいよ勝敗はついたようですね」
ヴォルティチは動かないまま、宣言をするように告げた。女の方は、しゃがんだまま何か言いたげに口を開こうとするが、それをヴォルティチは視線だけで止めた。唇を色が変わるほどの力でかみながら、女は警棒から手を離して立ち上がった。
「さて……そうしましたら、とりあえずこの部屋を元の状態に戻しましょう。幸い、何も壊れていないですので」
ヴォルティチが告げると同時に、ソファとテーブルの近くにいた男がすぐに動き、あっという間に部屋を元通りにした。そして、一人掛けのソファを手の平で指し示しながら、ヴォルティチを見た。ヴォルティチと視線が合った時、男は、どうぞ、と一言だけ添えた。ヴォルティチはそれを聞いてから、何も答えずにソファへと座った。足も組んで元の状態へ戻った。
「ルーチェ嬢、それからお連れの方もそちらにお座りください」
ヴォルティチが二人掛けのソファを示しながら声をかけてきた。ルーチェは促されるままに元々座っていた場所へと戻り、アナリズも女を気にしながらルーチェの横に腰を下ろした。二人とも背もたれに体を預けることはせず、背中をまっすぐに伸ばしている。座ったのを確認してから、男はヴォルティチの後ろに再び控えた。男が女を見ると、小さく首を縦に振ってからヴォルティチの後ろに戻っていった。




