望んでいない用心棒 5
それはティッシュに包んであり、その中には銀色の薬を入れておくシートがあった。マスターはそれをティッシュごと受け取った。
「あらぁ? オリチェちゃぁん。これってお薬の外側ぁ?」
「みたいですね。オリチェが近く通った時に聞いたんですけど、最近、薬変えたって。それからしばらくして、あんな風に暴れだしちゃって」
オリチェと呼ばれた店員が右の頬に手を当てながら話し出す。
「わかったわぁ。あの二人は、まぁ一回目だしぃ。一応、今回は大目にみようかしらねぇ。次、おんなじことしたらぁ、もう入れないけれどぉ」
手の中にある包装シートをじっと見ながらマスターが告げた。
その包装シートをオリチェに向けながらにっこりと微笑んだ。
「オリチェちゃぁん。これ捨てといて。あっ、塩もぉ忘れないでかけておいてぇ。あんな騒動起こした原因だとしたらぁ、縁起よくないしぃ」
「はぁい。わかりましたぁ」
間延びした返事をして、オリチェがカウンターの向こう側へと消えていこうとした。
「ああああぁぁぁっ!」
叫びながらどこかに走っていったオリチェ。
「ん? なんだ?」
「あらぁ、また始まったわねぇ」
マスターがグラスを持ちながら誰にともなく口を開いた。
「また?」
ルーチェが、訳知り顔のマスターに向かってたずねる。そのマスターは手に持ったグラスに口をつけながら、店内にむかって指を差した。ルーチェはその指の先に視線をむけると、オリチェの後ろ姿とその向こうにディスプレイが目に入る。
「あの娘ぉねぇ。よくわかんないけどぉ、ドルオタ? とかいうのらしいのよねぇ。オリチェちゃんが自分で言ってたぁんだけどねぇ。聞いてるとどうもアイドルが大好きなだけみたいなんだけどぉ。詳しくわぁ、わかんないわぁ」
「ドルオタ……?」
「だぁかぁらぁ、わたしもしらないのよぉ」
グラスを持っていない方の手をヒラヒラと動かしているマスター。ルーチェはマスターのヒラヒラと動く手を一瞥し、自分のグラスに神経を向ける。
「ただぁ、一つだけ言えることがあるならぁ——」
マスターがルーチェを見た。声に合わせて、ルーチェが再びマスターへと目線を向ける。マスターの表情にはさきほどまでのゆるんだ空気はなく、射抜くような視線があるだけだった。
「今呼んだらぁ、もう、すっごく怒られるぅ、ってとこかしらぁ」
ルーチェは崩れそうになる体をカウンターテーブルで必死に支える。オリチェの姿を見ると、客の何人かが近づいて声をかけているが、オリチェのほうはディスプレイに釘付けになっていた。
「怒る……どころか、完全に無視してる」
「べつにぃ。しばらくしたらぁ、別のものが映るんだしぃ、ちょっとぐらいならぁ、常連さんはぁ知ってるからぁ、気にしなくてもいいしぃ」
ゆるんだ口調に合わせて、元の空気感を出すマスターへと戻っていた。ルーチェは自分の手の中のグラスを口までもっていく。唇を湿らせる程度に水を含む。マスターもまたそれに合わせるように、グラスの中身を口の中に入れた。
のどをならす音が店の喧騒の中に消えていく。
「さて、とぉ……。ルーチェちゃぁん。あれだけ動けるのならぁ、大丈夫よねぇ?」