望んでいない用心棒 4
ルーチェの隣のカウンターチェアに腰を下ろしながら、マスターが尋ねてきた。ルーチェは手元のグラスをカウンターテーブルにのせたまま、クルクルと回し始める。グラスの底についた水滴によってルーチェの手元で抵抗なく回っていた。
「二人ともそうだった。一人は手袋をした手、もう一人は踏みつぶそうとした足」
「なるほどぉ。そこがアルテファットだったのねぇん」
マスターは片手で頬杖をつきながら、ルーチェに返事をした。
「そこしか使おうとしてなかった……多分、ケンカ慣れしてない」
「ふぅん。とぉいうことはぁ、第二世代ってところかしらぁん」
「あるいは、第三世代の改良型かも……」
「改良型……ねぇ」
ルーチェの耳にマスターのつぶやいた声が届く。マスターの視線が上に向けられた。流れるようにマスターは自分のあごに左手の人差し指の先をつけた。
「ってことはぁ、被災者ってことなのぉ? それにぃ、アルテファットは使わなかったとぉ? せっかくアルテファット持ってるのにぃ? ルーチェちゃぁんは、あいつらからしたら格上の相手よぉ? 使わずにぃやりあおうなんてするぅ?」
からみつくようなしゃべり方で、質問をいくつも投げかけてきたマスター。ルーチェはそのすべてを聞き取ることをあきらめ、小さく息を吐きだす。
「もしかしたら、使っていたのかも……。マスターも知ってるとは思うが、第三世代の改良型はほとんどが被災者用……」
ルーチェはマスターの質問のほとんどに答えない。しかし、マスターは目を見開いてルーチェに顔を近づけていた。
「ああ、そおゆうことぉ。つまり、ルーチェちゃぁんは、あの二人はぁアルテファットのぉ身体能力をあげる力をぉ使ってたってぇいいたいのぉ? だからぁ、第二世代じゃないって言いたいのぉ? ちがうぅ?」
「近い、マスター」
グラスを持っていない方の手でマスターの肩を押して、カウンターチェアに座らせるルーチェ。マスターの方も抵抗をすることはなかった。
「そういうこと。それに、第二世代だったとしたら、きっとファンタズマドローレも強く出るはず」
「ファンタズマドローレ……幻肢痛ねぇ。確かにぃ、ルーチェちゃぁんの話も筋が通るわねぇ。第三世代改良型ならぁ、ねっこのトラウマはぁ——」
「そう。かなりの確率で同じになる……」
「そうねぇ。原因が、震災、だからねぇ」
ルーチェは回していたグラスの水を飲む。空になったグラスを置くルーチェ。それを見ていたのか、マスターは音もなく立ち上がり、カウンター中へと入っていった。そのまま、ルーチェから見てカウンターの向こう側に移動し、そこで手を伸ばしてルーチェが口をつけたグラスを取った。グラスの中に水差しの水を入れ、ルーチェの前に戻したマスター。マスターもまた、何かを注いでいた。
「まぁ、ウチはぁ、アルテファットが通ってくれるお店だからぁ。どんな人が来たってぇ、いいんだけどねぇ。それがたとえぇ、ネスシトゥラであってもねぇ」
カウンターからルーチェの横まで歩きながらマスターがしゃべっていた。そして、再びルーチェの隣のカウンターチェアに腰を下ろした。その手にはグラスがあった。その中の液体の色はルーチェのものとは違い、琥珀のような色がついていた。
「ネスシトゥラ……私たちとは反対の……」
「ルーチェちゃぁん。べつにぃ、反対ってことはないわよぉ。もともと、アルテファットなんてぇ、なかったんだしぃ」
言い終えて、マスターは手に持っていたグラスの中身に口をつけた。口に含む程度のそれをゆっくりと飲み下した。
「マスター。さっきの暴れたお客さんですけど、なんかこんなの置いてありました」
メガネの店員が現れマスターに声をかけてきた。マスターがカウンターチェアをクルリと回して、店員の方に体を向けて店員を見た。その店員は手に持ったものをマスターにみせてきた。