望んでいない用心棒 3
マスターが出ていこうとする男たちの襟首をつかんで宣言していた。男たちはたたきつけるように金を置いて、ドアをくぐって出ていった。ドアベルがしばらく鳴り続けていたが、それがおさまると歓声が沸きあがった。
「さすが、ルーチェ!」
「軽くひねってたなぁ」
「いやぁ、スカッとしたねぇ。あいつら、この店で変な感じだったしな!」
口々に好きなことをいい、何人かの客はルーチェに近づいて肩を叩いていた。加減を知らない客の手がルーチェの肩に痛みを与えてきた。しかし、ルーチェのほうは、手と足をまじまじと見つめる。
「はいはぁい。そのあたりでやめてねぇん。やりすぎた子は今後、お店に入れないようにするわよぉん。ウチの大事に看板娘なんだからぁ」
マスターが手を叩きながら大きく告げた。歩きながら客たちを座らせるように促しながら、ルーチェに並んだ。白のワイシャツに黒のベストにネクタイ。同じ色のズボンの上には茶色のカフェエプロンをつけていた。そのマスターの手が叩かれていない方の肩に置かれた。
「用心棒のまちがいじゃねぇのか?」
笑いが起こった。それを聞いたマスターの目がスッと細くなったのをルーチェは見逃さなかった。
「看板娘よ! 看板が何枚あってもいいでしょぉ? ねぇ、ルーチェちゃぁん?」
「ま、まぁ」
あいまいな返事だけしているルーチェ。
「何よぉ、その返事ぃわぁ」
「おいおい、看板って何枚あんだよ?」
客からヤジが飛んできた。細くなったままの目でマスターはヤジの飛んできた方に目をやった。
「……出禁にするわよッ!」
「す、すまねぇ。ピエノパッチは看板娘が何人もいるいい店だよ! だから、勘弁してくれ!」
にらまれた客は滑るようにイスからおり、床に頭をつけていた。
「そう言ってくれると思っていたわぁ! 嫌な思いさせちゃったからぁ、今日はサービスしちゃおうかしらぁ。オリチェちゃぁん! 皆さんに一杯ずつ出してあげてぇ! これはわたしからの、オ、ゴ、り、よぉ!」
マスターの宣言とともに、店内に歓声の渦が巻き起こった。オリチェと呼ばれたメガネの店員が、両手に大量のジョッキを持って器用に駆け回っていた。マスターと同じ格好だが、彼女が着ていると華やかに映っていた。
みるみるうちにすべての客席に置かれていったジョッキ。
「オリチェちゃん! かわいー!」
「サイコー、オリチェちゃん!」
あまりの手際の良さに、客の間から黄色い歓声が起こった。オリチェが回り終え、さっきまでルーチェが座っていたカウンターの近くまで行きクルリと一回転した。エプロンがふわりと浮かび、カツッという音とともにオリチェは客のほうへと向き直り、靴の踵を揃えていた。それからゆっくりと頭を下げた。
ルーチェはオリチェの頭の後ろにまとめて整えてあるツインテールが見えたところで、頭の中で一から三まで数える。三と数えたと同時にオリチェが顔を上げた。
「ごゆっくり、お楽しみください!」
オリチェが言いながらキッチンに姿を消した。
見えなくなると同時に今日一番の歓声が巻き起こった。その中には、カンパイ、と叫んでいる声まで聞こえてきた。
歓声が店内に溢れかえる中、ルーチェはゆっくりとカウンターに戻り、さっきまで座っていたカウンターチェアに腰を下ろす。ここだけ天井から傘つきの照明が吊り下げられ、他よりも強く光が当てられていた。カウンターテーブルの上にはさっきまでなかったグラスが置かれていた。中身は水。
「お疲れぇさまぁ、ルーチェちゃぁん」
ルーチェの肩に誰かの手がのせられる。見ると、その手はマスターにつながっていた。
「ええ、マスターも……」
言い終えるとルーチェはグラスの水に口をつける。半分ほどまで飲み下しグラスを置く。
「華麗に倒してたわねぇん。さすが、ルーチェちゃん! それでこそ、うちの看板娘!」
「看板娘は、オリチェでしょう」
「なぁに言ってるのよぉ!」
ルーチェの肩がマスターによって強く叩かれる。ルーチェは思わず、顔を歪ませる。
「ウチにはぁ、何枚看板があってもぉ、いいのよぉ」
「……そう」
一言だけ答えるルーチェ。その姿をみたマスターがルーチェの顔をのぞき込んできた。
「なぁにぃ? 今日はぁいつもにまして、静かねぇ。ところでぇ、二人ともだったのぉ?」




