ピエノパッチで暴れる赤 13
店の天井から照明の光が降りてきていた。その光を背負うようにして立ったキャンビア。そのせいもあってルーチェからはキャンビアが見えず、どんな表情をしているのかうかがい知ることができない。
座っているだけのはずなのに、ルーチェの全身から冷たい汗が流れ出ている。頭がフラフラとし、壁につけているのもやっとの状態になる。それでも、キャンビアの言葉に反応をする。
「私は……そんなすごい……人間じゃない」
「いやいや、十分すごい人間だよ。少なくとも俺が来るまでの間、あのアルテファットを止めることができていたんだ。他の人間はすぐに倒されていたんだろう? キミはキミなりに十分やったんだ。……それより大丈夫か? あまり顔色がよくないが?」
キャンビアの言葉に体を支える右手を床に完全につけ、押し付けるようにする。徐々に力が入っていき、視線を向けるとアルテファットの右腕の色が赤く変化していった。力を抜こうにも、抜くことができず、ルーチェはそのままキャンビアへと視線を戻す。
「だ、だいじょ……うぶ」
ルーチェのろれつが徐々に明らかに回らなくなる。少しずつ息もし辛くなってきている。ルーチェは左手も床につけてバランスを取る。
その姿を見下ろしていたキャンビアに動きはなく、口を開くこともなかった。視線だけがルーチェから外れた。
「キャンビアさん。そろそろ、ルーチェさんを解放してもらってもいいですか?」
「解放、ね。ポラーレ、今日、大活躍しているルーチェを我々警察がそう簡単に解放すると思っているのか?」
ポラーレはキャンビアに対して、あくまで柔らかい口調で頼んでいた。しかし、キャンビアの方は隣に現れたポラーレに対して冷たく言い返すだけだった。そして、続けた。
「そんな怖い顔をしても、俺にはきかないことぐらいわかっているだろう?」
「それでもです。状況はこちらが理解しています。事情は説明させていただきます。ですので、ルーチェさんは解放していただきたい」
懇願していたポラーレ。わずかに肩を落としながら話し続けていた。それに対してキャンビアはポケットに手を入れたまま聞いていた。
ルーチェが見聞きできたのはそこまで。突然、糸が切れた人形のように、ルーチェ自身の体からぷっつりと力が抜けていく。同時に視界も暗くなっていく。
「…………さん!」
「お……ルー……!」
遠くから声が聞こえているルーチェだったが、暗くなった世界で答える力は残されていなかった。




