望んでいない用心棒 2
暗青色の男が口を動かした時、黒灰色の男が素早く組んでいた足を解き、身を乗り出して相手の胸倉をつかみかかった。どうやら、それがわかっていたようで暗青色の男は伸びてきた手につかまれないように、手の甲で腕の部分を払っていた。その動きには余裕というか優雅さというかそういうものがあった。
しかし、黒灰色の男にそんな余裕などなさそうだ。手が払われたことで、激情したのか、顔が真っ赤になっていく。払われていない手を胸倉に伸ばし、今度はつかむことに成功した。見ればつかんでいる手はわずかに色が違っていた。どうやら、手袋をしているようだ。
ルーチェはさらに黒灰色の男に近づく。ただし、わずかに速度を上げ、ほかの客に気づかれないように。ルーチェの視界の端に、女性の店員の姿が見て取れたが、彼女もこの異変に気づいたようで近づくようなことはしなかった。むしろ、動こうとしていた客へさりげなく邪魔な位置に動いていた。頭がいい、とルーチェが感心したところで、つかみ合いが始まっている二人の男性のところに到着する。
黒灰色の男が空いている手で殴りかかった。ルーチェは、その手が伸びきるよりも早く、左手を拳にかぶせる。パァンと乾いた音とともに、小さな衝撃が左手に届く。その力は大したこともなく、ルーチェにとっては簡単に抑えられる。そのまま、左手で拳をつかむ。
「なっ? はなっ――」
「お客様。店内で騒ぎを起こされては困ります」
努めて冷静に告げるルーチェ。黒灰色の男が手を振りほどこうとするが、ルーチェの力の方が強いらしく、まったく動かすことができないでいた。黒灰色の男が手袋をした方の手で殴りかかろうとしてきた。
ルーチェは抑え込んでいた手を力いっぱい押し込む。黒灰色の男がバランスを崩し、伸びてきた手袋がルーチェの右手の届くところに来る。ルーチェはその手を外側に払い、手首を返して内側から腕をつかむ。出てきた黒灰色の男の足が地面につかないように足払いをした。バランスを崩した黒灰色の男が背中から床にたたきつけられた。テーブルとイスが少しだけ揺れたが、ルーチェは何も壊すことなく黒灰色の男を倒す。
「はっ! 手ぇだすからこんなことになるんだよ!」
暗青色の男が立ち上がり腰を折り曲げ、黒灰色の男を見下ろしながら言い放った。そして、まっすぐ立った姿勢になり、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。流れるように片方の足を上げて、靴の裏で倒れている黒灰色の男を踏みつぶそうとした。振り下ろされた靴。暗青色の男は頭をわずかに動かし避けた。男の鼻先で靴をたたきつける大きな音が鳴った。
「ちっ! 避けてんじゃねぇよ!」
黒灰色の男が怒声を浴びせながら、なおも踏みつぶそうとした。
ルーチェはため息とも動きの出だしの吐息ともとれるようなものを出す。同時に、暗青色の男の額をかすめるように、ルーチェのブーツが突き出される。ブーツは黒灰色の男の靴の裏をはじく。はじかれた靴は、床への軌道を変えられ、暗青色の男に当たることなく床にぶつかった。踏み込むような形になってしまった黒灰色の男の足を、ルーチェはブーツをスライドするようにして蹴る。
「なっ!?」
黒灰色の男が宙を舞った。浮かんだ男の肩に手を当て、誰もいない方へと押し込む。
「ぐっ!?」
床にたたきつけられた黒灰色の男は、肺の中の空気を唾液とともに吐き出していた。
その姿を見ていた暗青色の男が起き上がろうとしたが、ルーチェはその男の肩を踏みつける。
店内が静寂に包まれる。すべての客が三人を見て、呆然としていた。
「空いたお皿はお下げしますねー」
静寂の中を店員が一人、すいすいと動いていた。食器同士がぶつかる音と歩き回る音だけが響き渡った。
店員がルーチェの横を通った。二人の男がついていたテーブルのグラスも片付けていた。手に持った食器の中には何かの欠片も入っていった。メガネをかけているその店員は、ルーチェにウインクをして通り過ぎていった。軽やかなステップで店員の腰辺りで結ばれたカフェエプロンの茶色の蝶が羽ばたいた。倒れている二人の男を踏まないように避けていった。ルーチェもそれに答えるように小さく首を縦に振って、店員を見送る。それから二人を見下ろしながら小さく告げる。
「お客様。店内で騒ぎを起こされては困ります。どうか、お帰りを」
再びの警句。同時に踏みつけていた足をどけるルーチェ。
二人の男は動けるようになると同時にすぐに立ち上がり、体を引きずりながら店を出ていこうとした。
「おふたりさぁん。お会計、わすれないでねぇん!」