白い影と黒い獣 5
ルーチェが暴れ狂う前脚の根元に着地する。動きまわる前脚ではなく、付け根に二本のナイフを突き立てる。前脚が伸びきったタイミングで突き立てたはずなのに、やはりかたい毛と皮膚にナイフの刃が立たず、弾かれてしまった。
「硬すぎる……」
両手をみるとしびれているためか、小刻みに震えている。握ろうとしても動きそうにない。それでも何とか動いて金の卵の男を助けようと動く。獣のほうを向く。
真っ白な男を床に叩きつけようと考えたのか、獣が脚の内側を上に向けて振り下ろしていた。叩きつけられた衝撃で床にヒビが入った。獣はそれを繰り返していた。その動作がルーチェにとって接近をはばむものになる。
獣は何度も足を床に叩きつけた。いつの間にか赤いものが飛び散り、床の欠片が飛んできていた。それでも獣は続けた。そのうち、ヒビはやがて穴となった。前脚がその穴の縁に当たって崩れ、階下へと潜り込んでいった。
その隙にルーチェは獣へと近づく。
穴を覗き込むとそこには獣の前脚が見える。金の卵の男をつかんでいた側が上を向いていた。そこには元の状態がわからないほど刺し貫かれた金の卵の男の姿があった。顔は赤く内側に陥没し、喉は切り開かれていた。胸も胸骨が折られ、心臓が露出し、弱弱しく動いていた。腹部はもっとも悲惨で、内臓が飛び出ているものから捩じ切れているものまであり、何がどうなっているのかもわからない状態。くわえて振り回したので、もはやどこがどこなのかもわからなくなっていた。
飛び出ていたはずの爪はすでになくなっていた。ズルリ、ヌチャリとこんなところでは聞くこともない音がした。縫いとめていた爪がなくなったことで階下へとその体は落ちていった。
最後、グチャリと響いた。
何かが落ちた音が小さく聞こえる。視線を向けると真っ白な男が獣の目の前に立っていた。右手は真っ赤に染まり、袖口も真っ白だったはずなのに、今は手と同じ色になっていた。
その手を振るった。赤い液体が、獣の毛や床に飛び散った。
獣が穴から前脚をあげた。こちらにも赤い血がついていたが、果たしてそれは誰のものなのか。それほどのダメージは受けていないのか、床に前脚をつけた。そのままわずかに身をひねり真っ白な男とにらみ合いだした獣。威嚇するように口を開き、牙を見せつけた。唾液が糸を引いて穴の下に落ちていった。
ルーチェは二者のにらみ合いが始まった瞬間からわずかに位置を変え前脚の範囲から出る。状況によってどのようにでも動けるように姿勢を低くし、ナイフは両手に構えたままにしている。
「ルーチェッ! さっさと逃げろぉッ! こいつらと戦っても金になりゃしねぇッ!」
ペルデの酒焼けの声が合図となって、目の前で二者が動いた。
獣は自分が作った穴を避けて真っ白な男に動いた。真っ白な男は獣へと踏み込んだ。二歩目で駆け出していた。獣の前脚が振り下ろされるのであれば、それで問題はない動き。
しかし、獣はさっきまでとは違った動きをした。怪我をしている側の前脚を、真っ白な男を追うように動かした。まるで払うかのようだ。その前脚は真っ白な男の背中側に襲い掛かっていった。
それでも、真っ白な男は前脚を無視してさらに駆けた。




