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失ったもの 4

 捨て台詞とともに勢いよく閉められたドア。


「いやぁ、ルーチェさん。怒られてしまいした」


 男性が視界に現れた。口ひげの形が変わっていた。


「き、っと。きげんが、わるかった……」


「だと、いいですね。あとで、謝っておきますよ」


 男性はメガネの向こうの目を細め、口の端をあげ、微笑みながらルーチェに伝えた。ルーチェもそれに合わせて、小さく微笑む。


「それで——」


 いいながら、ガタガタと何かを動かしてから目の高さを下げた男性。


「何を言いかけていたんですか? ルーチェ」


 ルーチェは男性の背が高くて助かったと心の中で思う。おかげで、目線を動かすだけで彼の顔を確認することができるから。なんとか動かせるようになった口を開く。


「ぽ、ポラーレ。姉、さんは、どう、してる?」


 ルーチェがたずねると、ポラーレと呼ばれた男性は、静かに口を開く。


「リナシッタさんなら、すでに退院して復隊のための訓練に入っています。特殊な訓練も必要なため、本人の希望も含めてかなり厳しい訓練を受けています」


「とく、しゅな、訓練? それは?」


 ポラーレの言葉に、ゆっくりとたずねるルーチェ。何かを取り出す音、続いて紙をめくる音がルーチェの耳に聞こえた。


 ふと、ルーチェは思い出す。ポラーレがいつも持っていたアナログなもの。紙を使った手帳。通信端末で管理することが主流の今、紙は骨董品となってしまっている。ポラーレはなぜかそれを好んで使っていた。


「能力の開花がありました」


「かい、か……。例の……新、技術、とかいう?」


「はい。二、三年前から導入され始めていたものです」


 そこでポラーレは細く、静かに息を吐き出した。彼の起こした小さな風が、ルーチェの髪をわずかに揺らした。再び、メモをめくる音が響いた。


「実際のところ、能力のコントロールの訓練に至っているわけではないようです。とりあえず、動けるようにリハビリを開始したといったところでしょうか。それでも、快復は早いようで動き回ることはすでにできているようです」


「そう、か。元気、なら……よかった。姉さん、と、会えない?」


 ルーチェの中で揺らいでいたものが、おさまるところにおさまっていく。それならきっと、という思いで、ルーチェはポラーレにたずねる。


 しかし、ポラーレからの返答はルーチェにとって望むべくものではなかった。


「ルーチェ……。いま、リナシッタさんと会うことはできません……」


「どう、してっ! くっ」


 反射的に出せる限りの声をルーチェは出す。反動で全身に痛みが走る。その痛みのおかげで、ルーチェはポラーレの目がまっすぐ見える位置に顔を動かすことができるようになる。ポラーレの暗青色のスーツが見える。彼の向こう側にはポラーレやさっきの女性が入ってきたと思われるドアがあった。しかし、ルーチェはそちらを無視して、ポラーレをにらみつける。


「いくつか、理由はありますが……。まず、能力が開花したことです。開花した人は例外なく、監視下におかれ、コントロールできるようになるまで訓練を受けます。さらに、その開花した能力が少々特殊だったようです」


「とく、しゅ? とくしゅ、くんれん、だったら、会えない?」


 問う。


 視線もまた鋭いルーチェだが、ポラーレのほうもそれを真っ向から受け止めていた。


「そうですね……残念ながら。こちらも会うことはできないので」


「ポラーレ……あなた、でも、会えない……。いったい、どういう、こと?」


 食い気味にいうルーチェ。


「開花した能力の秘匿……というのが名目ですね。コントロールができるようになり、戦線に復帰可能であれば能力を開示し、面会ができるということのようです。もちろん、開花した能力すべてが戦場で使えるかといわれればそうではないと思いますので、そのあたりの取り扱いは、はっきりと明言されませんでしたが……」


 手帳をスーツの胸元に片付けながら、話し続けていた。ルーチェはポラーレの眉間に深く刻まれるしわに目に入る。口調はルーチェが知っているそれと同じだが、そこだけがいつもとは違うということを示していた。


「つまり、今は、まだ、戦場に、復帰させられる、状況ではない、と?」


「そういうことになります。もちろん、詳細はわかりませんが」


 目をゆっくりと閉じる。同時に体の痛みが限界をむかえ、体を横たえる。

 

 ルーチェの中で、姉のリナシッタが元気になってほしい、という気持ちはある。しかし、同時にこれを機に辞めてほしいという思いもある。ルーチェ自身、何か目的があって所属しているわけではない。彼女、リナシッタがいるから一緒にいる。ただ、それだけのこと。リナシッタさえ辞めるといえば、自分はいつでも辞めるつもりだ。


 リナシッタが何を考えているのか。一度、たずねたことはあったが、彼女から返ってきたのは静かな微笑みだけだった。


「ルーチェさん……お伝えしないといけないことがあります……」


 深く刻まれたしわは薄くなっていた。が、すぐに元のように濃くなっていく。ポラーレ自身が開いたはずの口は、固く結ばれていた。


 体のどこも動かすことはできないが、答えることならできる。


「な、なんの、こ、こと?」


 ルーチェの声が震えはじめる。


「了承を得ずにしてしまったこと……謝罪いたします」


「……や、やっぱり、あれ、を、つけたのか……」


「申し訳ありません……」


 深々と頭を下げたポラーレ。


「ただ……わかってほしいのです。()()がなければ、あなたを助けることはできませんでした。それは、リナシッタさんも同じです」


 ポラーレの言葉にルーチェの視界がぐるりと回る。そして、どこからか、獣の吐息が聞こえてくる。その声が徐々に大きくなるにつれて、だんだん呼吸が苦しくなっていく。さっきぬぐってもらったはずの口の中が渇いていく。


「うわ、う、うわぁ、うああわあああああぁぁぁぁぁっ! あああああぁぁぁぁぁっ!」


「ル、ルーチェ! 大丈夫ですか?」


 獣の吐息はルーチェ自身の声に書き換えられていく。声が止まることもできず、ルーチェはひたすらに叫びをあげ続ける。自分がどういった状況なのか、どうしていくべきなのか。理解しようとすればするほど、声は出続ける。


「いったい————!」


「あ、あの——」


「どいて————!」


 怒声が幾度となく飛び交う。ルーチェの腕の中に冷たい何かが入り込んできた。それを感じ取った時、まぶたが重くなっていく。


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