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逃げていた男 3

 ルーチェの背後から酒焼けした声が放たれた。振り返ったルーチェの眼前にさっき閉めたドアが飛んできた。右腕をとっさに前に出すが、ドアは眼前に大きく広がり、避けられるような隙間はなかった。


 当然、ドアを避けることができず、ルーチェの右腕が接触する。その瞬間に右腕を振り、いなすかのようにしてドアの軌道を変える。右腕以外に接触することなく、ドアが横に飛んでいき床に倒れた。倒れた拍子に床に積もっていた土煙が舞い上がった。ドアについていた蝶番は、ビルの床に傷をつけた。


 ルーチェもドアとぶつかった衝撃でわずかに浮き上がる。バランスを崩すことはなかったが、ブーツが地面をこすった。細い線のような跡が残り、こちらもわずかに土煙が起きる。右腕に痺れのようなものが走る。


「あんた、なにすんの!?」


 倒れたドアと白衣の男のちょうど間に立ち、非難の声をあげるルーチェ。外れたドア枠の向こうにはペルデが右手を前に出して立っていた。その右手は白いもので覆われていた。


「ピーピーなくな、ルーチェッ! 目の前に獲物がいるんだぜぇ! 逃がさないようにするに決まってるだろうがっ!」


 大声をあげて、白いものに覆われていた右手をルーチェに突きつけたペルデ。


「ふざけるな! 彼は獲物じゃない! 保護対象だ!」


「何いってやがるっ! そいつは金の卵だっ! テメェにとってもおんなじだろうがっ! テメェがいらねぇってんなら、俺がもらうってんだよっ!」


 宣言とともにペルデがルーチェへと踏み込んできた。ルーチェとペルデの間にあった距離が一瞬で消え失せた。互いが間合いに入った時、先に動いたのはペルデ。ドアを殴ったであろう右手を突き出していた。その右手をギリギリまで引き付けるルーチェ。ペルデの右手が接触する直前、ルーチェは半歩踏み込んで体を深く沈み込ませる。踏み込んだ姿勢のルーチェは右手を前に出し、膝を曲げ、ペルデの懐にもぐりこんでいく。右腕にわずかな痛みが走る。ルーチェはそれを無視して、手を伸ばす。


 ルーチェの右手がペルデの左の胸倉の服をつかむ。しかし、同時にルーチェの左肩に重さがのる。わずかに視線をむけると、そこにはペルデの手がのっていた。ペルデは拳を避けられた時にとっさに右手を振り下ろすことに切り替えていた。


 両者の右手が互いの体に食らいつく。ルーチェが自分のほうへとペルデを引くと、ペルデもまた自らの方へと引っぱり上げようとした。


「んっ!」


 声とともに地面を蹴るルーチェ。自分の右手を軸にペルデが左肩を引く力も利用して体をきりもみするように回転させる。ペルデの灰色の服のつかんでいるところがねじれていった。ルーチェは回転をする途中で左肩を動かして、無理矢理ペルデの右手を外す。


「チッ、てめぇ!」


 ペルデの声が聞こえたが、ルーチェは右手を離さない。視界が回転し、ビルの床から壁へと変化し、やがて青黒い夜空に見えるものが変わっていく。体がすべて夜空へと向けた時、ルーチェは動く。左足を弧を描くようにして蹴り上げる。それを見たペルデが左腕を動かした。


 ルーチェの左足のブーツがペルデの左腕に衝突。硬いもの同士がぶつかり合う音と衝撃が走った。ルーチェは衝突した左足を支点に、今度は右足を宙へと蹴り上げる。


 ペルデの左腕にはいつのまにか右腕同様、白いものが覆っていた。そして、口元からはタラりと血の一筋が流れていた。ギリッという音が、ルーチェの耳に届いた。


「テメェ! ルーチェ!」


 酒焼けしているはずの声が大音声で空へと抜けていった。


 その声を避けるようにルーチェはペルデの服をつかんだまま、後ろへと回り込む。ルーチェは空中で右腕をペルデの首に巻きつける。地面に足がつく。ブーツが床にぶつかる音が響く。同時に、ルーチェは自分の膝を曲げて、重心を後ろに下げていく。さらに右腕の固定が外れないように左腕を立て、右手でつかみながら引き込んでいく。ペルデの首に右腕が食い込んでいった。


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