罠だらけのビル 2
フラフラとしながらバランスを保ち、立ち上がるルーチェ。右手を振って血を払う。少しだけ皮膚が裂けている。
「応急処置ができるものは……ない、か。このまま、行くしかないか……」
ルーチェは奥の通路を見る。通路は再び広くなり、少し進めば腰の高さよりも上に窓があり、つきあたりになっているようだった。そのつきあたりは左に曲がれるようになっていた。ひりつく感覚を少しでも抑えるように右手をにぎりこみ、ルーチェは再び走り出す。しかし、そのスピードはビルに入ったときよりもやや落とす。警戒と捜索を同時にするため。
「ここまではいない、な」
すんなりと曲がり角まで到着するルーチェ。すぐに進まずに進行方向側の壁にその身を預ける。通路の先の床には割れたガラス片が転がっている。ガラスのなくなった窓からは空が見えている。陽が傾きだした色をした空の光は、わずかに窓から入り込むだけで別のところを照らしていた。
ルーチェは小さく息を吐き、左手を背中に回してジャケットの下に手をいれる。直後、背中から金属同士がこすれるような音がする。ジャケットの下からでてきたのは、一本のナイフ。刃が片方にしかないが、二〇センチほどの大きさのもの。その表面は鈍く光っていた。ナイフの刀身だけを通路の先に伸ばす。刀身には伸びる通路がぼんやりと映った。ルーチェはゆっくりとナイフの角度を変えながら、刀身を見続ける。
映るのは窓と床だけ。
ルーチェが顔をのぞかせる。ルーチェの視界にも刀身と同じようにガラスのなくなった窓と床が見えた。通路の先の左側に壁がなくなっている場所があった。
「……罠は……ない、か」
通路に進入しながら、ナイフをしまうルーチェ。足元からガラスと床がこすれる音がする。通路の先はわずかに暗かった。その光の当たらないところからガラスを踏みつぶす音が響いた。
「誰……?」
誰に向けてなのかもわからない小さな警句が口から漏れる。ルーチェはジャケットの中に左手を滑り込ませ、柄を握る。ガラスを踏み潰す音が続いた。音が聞こえるたびに少しずつ左手に力がこもる。とっさに通路を戻り、曲がり角に身を隠してから音を立てずにナイフを抜く。もう一度、刀身を利用して通路の先の状況を確認する。静かに近づいてくる足音の正体がわかるまでじっと待つ。
不規則な足音が聞こえてきた。その音が徐々に大きくなってきた。それに合わせて通路の先の暗がりからゆっくりと人影が現れ、ナイフの刀身に映った。
 




