忘れていた音 8
しばらくの間、紙をめくる音だけが続いていた。一枚めくるたびに間が空き、再びめくられていた。やがて、パンッという音と共にポラーレが顔を上げた。手帳は裏返しにテーブルに置かれていた。
「……申し訳ありません。リナシッタさんのアルテファットについては、機密事項ということでこちらも教えられていません」
言って、裏返しにしていた手帳をひっくり返してディスプレイ機器の横に並べた。閉じないように、手を添えて押さえていた。それをのぞき込んだルーチェとマスター。
「リナシッタ。アルテファットは左腕。能力、機密事項扱いとなり、秘匿。数回、照会するがいずれも同じ回答」
ルーチェが読み上げる。一人一ページを使っていたようで、隣のページにはルーチェについて書かれていた。
「私のものについては、確かに正確に書かれている。どうして、あなたが教えられなかったの?」
「そうよねぇん。曲がりなりにもぉ、当時の上官でしょぉ? 把握のためにぃ、教えるものじゃないのぉ?」
マスターが詰め寄りながら低い声でたずねた。ポラーレは手帳に手を添えたまま、身体を後ろに下げた。
「リナシッタさんはアルテファットをつけた後に、なぜか転属命令が出ました。理由はこちらも機密事項でした。なので、あの時点で上下関係がなくなっていました。くわえて、こちらもリナシッタさんには会えていません。居場所すら教えてもらえませんでしたから」
ポラーレがルーチェへと視線を向けた。
「病院でお伝えはしたのですが、覚えていらっしゃいますか?」
「何のこと?」
ルーチェが首をかしげてたずねる。ポラーレは表情をまったく変えずに口を開いた。
「アルテファットの術語と言うこともあって、薬でぼんやりとされていましたから、無理もありませんね。
上からの話では、アルテファットの能力についてはコントロールが可能になるまで秘匿扱い。戦線復帰ができるのであれば開示となります」
マスターがそこで言葉を切った。手帳を手繰り寄せて、ジャケットの中にしまった。メガネのフレームの中央を押し上げて位置を整えてから続けた。
「ただし、開花した能力が戦場で使い物にならなければどうするのか……そのあたりについては確認できていないまま今に至っています」
言い終えて頭を下げたポラーレ。
「申し訳ない。お役に立てなくて……」
「止めてくださいポラーレ。あなたが隠していたわけではないんだ」
「そうよぉ。ポラーレちゃんも知らなかったわけだしねぇん」
二人が口々にポラーレの行動を咎めない発言をする。
ポラーレは頭を下げた状態からさらに一度、深く下がった。それから頭をあげた。ポラーレの口元はほころび、目じりにしわができていた。
「ありがとうございます。お二人とも……」
「さぁてとぉ。ポラーレちゃんが元に戻ったところでぇ。ルーチェちゃぁん続きを見ましょう」




