廃れた地区 2
言い捨てながらいなくなったペルデ。
ルーチェはその背中をいちべつして、視線を横に向ける。視線の先には石で建てられた門の枠のようなものがあった。石鳥居。その石鳥居の向こうには石畳の道があり、小さな建物があった。御社と呼ばれる神を祀る場所。神社。
ルーチェはそこにむかって手を合わせお辞儀をする。
「このようなところで騒いですいませんでした」
ルーチェは、小さく告げ、一つ息をついてポケットに左手を入れる。すぐに出した手の中には通信端末がおさまっている。黒いままの画面を左手の親指で落とさないように操作する。表示されたのはポラーレからの依頼内容がまとめられたデータ。
ルーチェはその中から場所の書かれた地図を探して表示する。
地図はこの街、アバラックバーイアのもの。港湾都市として発展し、街の中央を流れるコビナレ川によって東西に分かれていた。今ルーチェがいるのは、アバラックバーイアの西側の地区で旧市街と呼ばれている場所。
地図の中で一カ所だけ光点があった。表示されているのはルーチェのいる場所からそれほど遠くない再開発が頓挫した地区。光点の横には雑居ビルの写真があった。視線をあげて周囲を見回す。遠く左手に通信端末の電波を飛ばす、通信アンテナの鉄塔が見える。その姿は遠くにありながらはっきりと見え、組み上げられた鉄材は三角形になっていた。頂点には白く丸いアンテナが取りつけられていた。目で見ることはできないがそこから電波が発信されているのだろう。まだ青い空に、どこか鈍色の鉄塔が浮かんでいるように見えた。
通信アンテナを見て、目的の方向を確認し、ルーチェは地図の示す方へと歩み始める。
進むと見えてきたのは、どれもが中途半端に放り出されたものばかりだった。奥まではっきりと見通せる、空き店舗の紙が貼られた建物。シャッターが下ろされたままの店。そこにも空き店舗の紙が貼られていた。それから玄関先から庭にかけてまったく手入れがされておらず、雑草が伸び放題になっている家。再開発をしようとしてそのまま資材が吹きっさらしに置かれたままの工事現場。人の気配はほとんどなく、あっても建物の裏手にすぐに消えて行ってしまった。
動物の鳴き声だけが聞こえてくる。棄てられた、あるいは野生の動物たちが人目につかないところで生息しているのかもしれない。
廃れた場所。再開発が頓挫。まさにそう形容するに十分なものだった。
ルーチェはその中を目的のビルまで進む。
目的の場所はすぐにみつかる。画像に示されたビルがあった。周りにもビルはあったが、そこだけが少し低く、斜陽が近づいている空が見えた。ビルの入口のガラスはすべて割れていて、あったはずのドアも建物の上と下につなげられている蝶番だけが残されていた。ドアを開けるための金属の棒が地面に転がっていた。明かりなどは当然なさそうで、電気も通っている感じはなかった。ビルの中に何があるのかを示す案内板は薄汚れ、あるいはヒビが入っていて見ることもできなかった。案内板の横には二つのドアが見え、その上に数字が並んでいた。どうやら、あの二つはエレベーターのようだが、どちらも動いている気配はなかった。外から見た限り、五階建てであることはわかった。ただ、ビルの周りには誰も住人はいなかった。
明らかに朽ちた廃ビル。




