廃れた地区
「なんでお前さんがここにいるんだ? ええッ? ルーチェッ?」
酒焼けした声が辺りに響き渡った。
ルーチェの目線よりも高いところに男がいた。口の周りにひげを生やした男がルーチェをのぞき込むように見下ろしてきていた。日焼けした顔は褐色でひげは黒い。ただ、ひげに囲まれた口の中には異様に白く、光沢を放つ歯が違和感を放ちながら並んでいた。
ルーチェは見下ろしてきていたひげ面の男をにらみ返す。見上げながらになってしまっているため、首を後ろに反らしながら、目を細めるような形になる。のぞき込まれているような形なので、ルーチェは距離をとるために後ろに反れている。
「仕事……。私がどこにいてもいいと思うけど、ペルデ」
言葉にもトゲをのせるルーチェ。ペルデと呼んだ男はのぞき込んできていたのをやめた。体を起こしながら腰に当てていた手を腕を組む形に変えた。ペルデの着ていたゆったりとした灰色の長袖シャツ。そのシャツの腕の部分が盛り上がった。胸元も筋肉が大きく膨らんだ。変わったのは体の動きに合わせた部分だけで、ペルデの態度はなんら変化はなかった。ルーチェのことはにらんだままでいた。
ふん、と小さく鼻を鳴らすと、口の周りを覆っていたひげが小さく揺れた。
「仕事ねぇ。子供のおつかいじゃねぇだろうなぁ?それだったらさっさと帰んなッ。こんなところにいたら、オコサマなんて、ひとたまりもないぜぇッ?」
「……心配はいらない。戦う力なら、ある」
「チカラ、ねぇ。それは、お前さんの役に立たない、アルテファット、のことを言っているのかぁ?」
「…………」
ルーチェは奥歯を食いしばる。怒りに震えそうになるのを無理矢理に抑え込んでいる。
ペルデは腕組をしていた右手を動かし、ルーチェに向かって人差し指を突きつける。わざわざルーチェの目線に合わせてきた。そして、もう一度鼻を鳴らしながら、あざけるようにのぞき込んでいた。
「すごんだって仕方ないだろうがッ。事実なんだしよぉッ! お前さんのアルテファットはなあんの役にもたちゃしねぇよ!」
ペルデの言葉にルーチェは左手を思わず握りこむ。その左手は、強く力がいれられたからか、小刻みに震えている。ペルデはほんの一瞬目線を動かし、ルーチェの左手を確認していた。とっさにルーチェは左手をジャケットのポケットにいれるが、見られてしまった以上、遅きに失している。
クルリとペルデがルーチェに背を向けた。
「どこに行く?」
ルーチェは低い声を出し続ける。しかし、その声にペルデの歩みはわずかに遅くなっただけで止まることはなかった。歩きながら肩越しにルーチェを見てきた。
「仕事だよぉッ。お前さんと違って依頼を受けてんだよッ!」




