ポラーレからの依頼
ピエノパッチのドアを開けたルーチェの目に、まばゆい日差しが射し込んでくる。ルーチェの目の前には彼女自身よりやや高いブロックで作られた塀がある。それと草一つ生えていない土の地面。五歩も進めばその塀に手が届くほどの距離。
まだ、夏には遠く日差しも強くはないものの、ルーチェは日差しを避けるために塀に近づき背中を預ける。レザージャケットと塀がこすれる音、それと少し高い音がルーチェの耳に届く。周囲を一瞥したルーチェはズボンのポケットから通信端末を取り出し、ポラーレに連絡をする。発信していることを確認して、端末を耳に近づける。
数回の呼び出しのあと、音が切り替わる。
「わざわざすみません……っと、そちらの耳がよくみえますよ」
「はっ?」
意味の分からないことを言ってきたポラーレ。
一瞬、頭の中にはてなが浮かんだが、直後に意味が分かり、ルーチェは通信端末を耳から離して画面を見る。画面にはポラーレの顔が映っていた。メガネの細いフレームと口髭が妙に目立って見える。
「どうして、映像通信? 誰かに聞かれたくないから、外に出したんじゃないの?」
「いやぁ。あなたならきっとピエノパッチの裏口から出ているのではないかと。そこなら誰かに聞かれるということはないだろうと思いまして」
通信端末の向こうからのんきな言葉が返ってくる。
「……いまいち、中途半端な対応に思えるけど?」
ルーチェはため息交じりにポラーレに疑問を投げかける。しかし、画面の向こうのポラーレには相変わらず、何を考えているのかわからない妙な笑みを浮かべていた。
「あなたの表情を確認しながら、話をしたいと思いまして」
ルーチェの口から先ほどとは比べ物にならない大きなため息が漏れ出す。吐いた勢いでルーチェは目線を外す。
「いけませんか? ルーチェさん?」
ルーチェの顔が見えなくなったはずなのに、そこには一切触れてこなかったポラーレ。
「……それで? わざわざ通信させるなんて、いったいどうしたの?」
ルーチェは追及をあきらめて話を進めることを選ぶ。うつむいていることを止め、通信端末とともに視線をあげる。どんなことをしてもポラーレには通じないとルーチェはあきらめることを選ぶ。
通信端末の画面の外側にはさっきまでルーチェがいたピエノパッチのドアとそのドアがつけられている鼠色の建物が見える。ドアの左にはフェンスがあり、錠がつけられたフェンスドアもあった。フェンスの向こうには何台かの車が置かれいた。
フェンスの手前には水色の蓋がついたまるいゴミバケツが二つ並んでいた。蓋の縁から半透明の黒いビニール袋がはみ出ていた。ドアの右側にはもう一つドアがあり、さらにその横にも同じように地面が続いていた。ルーチェが立つ場所と同じような幅で、塀も立てられていた。
せめてもの抵抗として、目線は周囲に泳がせていた。ついでに誰もいないことを確認する。
「簡単なお仕事をルーチェさんにお願いしたいと思いまして」
「簡単?」
「はい。人をさがしてみつける、それだけですから。しかも、ある程度場所の目星はついているそうです」
「……なら、目星がついているのなら、どうして私に依頼を?」
眉間に深いしわをよせながら、ルーチェはポラーレに尋ねる。その視線は鋭くポラーレを射抜く。しかし、画面越しのポラーレに変化はなかった。
 




