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望んでいない用心棒 5

 グラスをカウンターテーブルに置いたマスター。コトリとグラスと木が接触した音がルーチェの耳に届く。


 マスターへと視線をむけると、頬杖をついてルーチェのほうを見ていた。頬杖をついたためか、マスターの左頬がわずかに上がっているように、ルーチェには見えていた。


「……大丈夫、とは……?」


 一つ一つの言葉をゆっくりと、しかし、静かに口にのせるルーチェ。グラスを持たないやや青みかかった血色の悪い手がにぎりこまれるかどうかというところで止まっている。その行為のせいか、わずかに赤みが戻る。ルーチェは視線をわずかにマスターのほうへとむけるが、顔は手にもつグラスのままにしている。


「さっき、通信がはいってたんだけどねぇ。多分、ルーチェちゃぁんにも入ってるはずだからぁ、確認してくれないぃ?」


 グラスを口元に持っていきながら、傾けることなくルーチェに告げたマスター。ルーチェからはグラス越しにマスターの視線が見えている。無視することもできず、マスターの視線に見守られながら、ルーチェは血色の悪い手でズボンのポケットをまさぐり、通信端末を取り出す。画面はついておらず、黒かったがルーチェが片手で画面に触れると発光しはじめる。


 もう一度、画面に触れるルーチェ。すると、画面が変化し、着信があったことが示された。ポラーレ、となっていた。


「ほぉらねぇ。とりあえずぅ、連絡入れたらぁ? お仕事の話だろうしぃ」


「……だけど、私は……」


 口ごもるルーチェ。マスターがグラスをゆっくりとカウンターテーブルに置き、大きく息を吐きだした。ルーチェはおそるおそるマスターのほうを見る。瞳に店内の照明が反射し、刃物のような鋭さが備わっていた。


「ルーチェちゃぁんの言いたいことはわかるわぁ。ただねぇ、ずっとタダってわけにもいかなくないかしらぁ?」


「……」


 マスターの言葉と放たれる圧力に口を開くことができなくなってしまうルーチェ。くわえて、マスターの鋭い視線がルーチェをその場に縫いとめて動けなくしてしまった。


 ただ、じっとマスターを見るルーチェ。マスターもまた、目を動かすことはなかった。


「……ルーチェちゃぁん。連絡いれなさぁい」


 マスターの唇がゆっくりと開き、白い歯と赤い舌が蠢いた。


 ルーチェは操られるかのようにして、通信端末を操作する。相手はポラーレ。端末を耳にあてながら、誰もいない方へと向くルーチェ。


 数回のコール音の後、通信がつながる音がルーチェに聞こえる。


「ああ、ようやくつながりましたね。マスターに頼んでおいてよかった」


 端末の向こうからルーチェに声が届く。やんわりとしゃべった男性の声。ルーチェは口を開くことはななく、相手が続けるのを待つ。


「ところでそちらは、今お一人ですか?」


「……いえ、ピエノパッチの中にいる」


「わかりました。そうしましたら、周りに聞かれても困ります。裏から外に出てもらって、もう一度、連絡をいただけますか?」


「……わかった」


 ルーチェは短く答える。通信端末から着信を終了した音が発せられていた。ルーチェは通信端末をスリープ状態にして、ズボンのポケットにねじ込む。


「すっごく手早いお話だったみたいだけどぉ、ポラーレちゃぁんは何だってぇ?」


 マスターがルーチェの顔をカウンターテーブル側からのぞき込んできた。大きく息を吐き出したルーチェは、のぞき込んでくるマスターから、少し体を離そうとする。しかし、店の壁があってそれ以上後ろに下がることができない。それでも、ルーチェはわずかにカウンターチェアの位置をずらし、マスターに近い方の足だけを床につける。


「ポラーレが外で話そうって。誰かに聞かれるのをさけたいらしい……」


「……そう。わかったわぁ。そうしたら、ポラーレちゃんの言うとおりにしてねぇ」


 カウンターテーブルの向こう側、スタッフ通用口を指差しながらマスターが告げた。


 床についていた足を軸にして立ち上がるルーチェ。そのまま、流れるようにカウンターの横を通り、スタッフ通用口のほうへと向かう。と、カウンターに入ったあたりで、肩越しにマスターを振り返るルーチェ。


「……行ってくる」


「気を付けてねぇ。ルーチェちゃぁん!」


 マスターが胸元で小さく手を振っていた。ルーチェはそれに答えず、スタッフ通用口のドアを押し開いていく。


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