第5話 第二連隊って異種族しかいないらしいよ
「では、こちらへどうぞ」
リュミエールが振り返り、白い建物の奥へと歩き出す。
俺とミレリアは、その後を静かに追った。
中は意外にも質素だった。石造りの壁、簡素な机、だが整然とした資料の山。
まるで、病弱な彼女が己の力をこの空間に凝縮したような、静謐な空間だった。
「ここの砦……綺麗だな」
「ええ、掃除は毎朝私自身がしています」
「本当かよ、連隊長なのに……」
「仲間たちは、私の体を気遣って無理をさせまいとするのですが、動かないと体が鈍ってしまいますし」
彼女は椅子に腰を下ろし、小さく咳き込む。
だが、その目は澄んでいる。病弱さを感じさせない、軍人の目だ。
「それで、第二連隊に何かご用ですか? 指揮官様」
「いや、まぁ……ちょっと顔合わせを、と思ってな」
「なるほど」
リュミエールは小さく頷き、紙の束を俺に差し出す。
「では、こちらをどうぞ。第二連隊の部隊構成、戦力、配置案、補給状況、そして戦死者リストです」
「…………早くね?」
「事前に“来るかもしれない”という予測を立てていたので」
「そして指揮官様には、私の連隊が“使える”かどうか、判断していただかねばなりませんから」
俺は書類に目を通した。
戦力や部隊構成は申し分ない。
魔法中隊や衛生中隊、補給中隊などがしっかりと構成されている。
しかし補給や死傷者の数は余りにも酷かった。
「なあリュミエール。どうして部隊構成はしっかりとしているのに補給が無く、前の戦いでの死傷者がこんなに多いんだ?」
「いい質問ですね。それは簡単です」
リュミエールは冷静に、しかしその中に怒りと悲しみが混ざった回答をした。
「貴方の前任者が私達異種族を同じ仲間として見ていなかったからですよ」
それを聞いた俺は前任者に対し怒りが込み上げた。
「……謝罪させてくれ、本当に上に立つものとして本当にすまなかった」
俺は無意識にリュミエールに頭を下げた。
その時涙をこぼしてしまった。
「貴方に責任はありません。これは前任者が行った行為です」
「それを改善するために貴方はここに来たのでしょう?」
そうリュミエールは俺の頭を抱くように、どこか母性を感じるような……そんな感覚になった。
そのとき――外から、低くうなりを上げるような声が聞こえた。
「ガルルル……!ヒト族が、我らの連隊長に――!」
「下がれ」
リュミエールの声は小さいが、空気を一変させる冷たさがあった。
扉の外で騒いでいた獣人の兵士が、ビクリと震え、音も立てずに姿を消す。
「……忠誠心、強いんだな」
「ええ、私が命を賭けて守ってきた者たちですから。彼らも私の命令には絶対服従です」
「……いい連隊じゃねぇか」
俺は素直にそう言った。
リュミエールは、少し驚いたような顔をして、ふっと表情を緩めた。
「……ありがとうございます。そう言っていただけて、光栄です」
「ただし」
彼女は目を細めて、俺にじっと視線を向けた。
「“冗談”と“セクハラ”の境界は、私の判断になりますので……ご了承くださいね?」
「ひぇっ……!」
ミレリアが笑いをこらえて肩を震わせる。
「じゃ、リュミエール。師団長のこと、よろしくね?」
「……はい。壁に叩きつける必要がなければ、きっと」
「フラグ立てるな!!」
俺の叫び声が、静かな砦に響いた。
そうして俺はリュミエールの部屋から出ていった――
「可笑しな人ですね、師団長は」
誰もいない部屋でぽつりとリュミエール微笑みながら言葉を放った。