第3話 師団長として
ゴトン、ゴトンと揺れる馬車の中。
目の前に座るミレリアは、さっきのドロップキックをやや反省してか、すこし居心地悪そうにしていた。
「……で、ミレリアさん」
「“さん”づけにすれば許されると思ってるのかしら?」
「怒ってる? ほら、あれは事故というかサービスシーンというか」
「黙れこの露出狂。……で? 何を聞きたいの」
「 いや、俺が指揮するっていう“第七歩兵師団”、どんな状況なのか聞いておきたくてさ」
ミレリアはふぅ、と大きく息を吐いた。
「……正直、最悪よ。兵は規律を失い、酒と博打と喧嘩三昧。装備は磨かれもせず、錆びた剣と穴あきの鎧。軍紀は地に落ち、指揮系統は崩壊……まさに“くされ部隊”」
「うわぁ凄い聞いただけで帰りたぁい 」
「皇帝陛下も見捨てかけてたわ。でも――」
「でも?」
「貴方に、なぜか賭けてみたいって言ってたのよ。“この男は神が選んだ者と」
「神に選ばれたねぇ」
「それと、陛下はあの師団に“希望”があるとも言ってた。あたしにも、その理由はまだわからないけど……」
その時、馬車が一際大きく揺れた。
御者の声が聞こえる。
「着いたぞー!ここが“第七歩兵師団”の駐屯地だァー!」
俺とミレリアは顔を見合わせ、馬車の扉を開けた。
――その光景は、想像以上の地獄だった。
「……戦場かここは」
「ちがう、日常よ。ここの」
廃れた砦。傾いた柵。庭先で焼き肉をしてる兵士。女子達のスカートを追いかけてる者。酒瓶片手に踊る男。
その中心に立った俺は、思わず空を仰いだ。
「……神様。やっぱり、選ぶ相手間違えてません?」
馬車をおり、周辺を見渡した。
「まるで廃墟だな……」
あまりの光景に、俺はつい呟いた。
正門は片側が崩れ、衛兵の姿はなし。中からは騒がしい怒鳴り声、笑い声、そしてなぜか楽器の音まで聞こえる。
「ミレリア。これは訓練の一環じゃないよな?」
「……ええ、残念ながら日常風景よ」
俺が一歩足を踏み入れると、ちょうどその瞬間――
「おーい!新入りか!?」
兵舎の陰から、髭面の男がよたよたと現れた。酔っ払ってるのか、腰がフラついている。
「おい!新しい野郎が来たのかぁ?!」
「ミレリアさーん、また新しい愛人かぁ?」
「ひゅーっ!」
「お前ら黙れ!!!」
ミレリアがバシィッと地面を踏み鳴らし、周囲に怒声が響いた。さすがは副官か、声だけは通る。
「この人は、皇帝陛下直々に任命された新たな指揮官、一希様よ!敬意を払いなさい!!」
「……え?この人が?」
「あっははは!冗談きっつ!」
「こんな変な顔をした上官が来る軍ってあるか!?なあ、おい、なあ!?」
兵士たちが爆笑し始める。その空気に、俺は軽く舌打ちした。
「……なるほどな」
俺は銃を取り出し、カチャリと安全装置を外す。
「笑っている暇があったら整列しろ。“今すぐ”だ」
「……へ?」
バンッ!!
空に向けて一発、威嚇射撃。
その音に、場が凍りついた。
「命令は聞こえただろ。整列しろって言ってる」
俺は静かに言った。だがその声に、兵士たちがじりじりと動き始めた。慌てて姿勢を正す者、酒瓶を隠す者、転げるように列に並ぶ者。
そんな中、ひときわ背の高い、筋骨隆々の男が俺の前に歩いてきた。左頬に傷跡、手にはごつい斧。
「よお、新人指揮官さんよ。俺は第一連隊長のダガンだ」
「それにしてもお前はゴブリンよりも弱そうな見た目をしてるな!」
「で?」
「てめえのような素人が俺たちを指揮できると本気で思ってるのか?」
ピクッ、とミレリアの手が動いたが、俺は手を掴み制した。
「……自衛隊にいた時も、最初は同じような目で見られたよ」
「こいつは何を言ってるんだ」
そうダガンが嘲笑すると周りもくすくすと笑い始めた。
「でもな――強い弱いじゃねぇ。指揮官に必要なのは、リーダーシップ、決断力、任務遂行能力……そして統率力だ」
俺は一歩、ダガンに近づく。兵士たちが息を呑む中、俺は微笑んだ。
「腐った軍を放置しているお前が第一連隊長だって?笑わせるな!」
ダガンが一瞬だけ目を見開いた。そして――ニヤリと笑う。
「……面白ぇ。お前、口だけじゃねぇな」
「試してみるか?」
「ふん。今度の訓練までに、てめえがどれだけやるか見せてもらうぜ」
そう言い残してダガンは去っていった。
俺は深く息を吐くと、ミレリアの方を見た。
「……ここ、本当にヤバいな」
「それでも、やるんでしょう?」
「……ああ。腐ってても“軍”なら、建て直しようはある」
空を見上げた。
――始まった。異世界での“再建任務”。