64.5話 ニコラウス 前編
ニコラウスをいつも通りの笑顔で出迎えた魔女は、弱っている様子もなく元気そうに見えた。そして数日前に贈った栄養剤の空の小瓶がテーブルの上に置かれていることにも気づく。
(……少しは役に立ったか)
力があるからといって無茶ばかりするような同族を心配しないはずはない。彼女に比べればニコラウスなどまだひよっこだろうが、できることがあったならよかった。
こういう時、花の魔女の扱う植物魔法の有用性に気づかされる。植物の扱いを極めれば、植物から作られる薬もいつでも自在に作り出せるのだ。同じことができれば魔女の疲労を癒すことはニコラウスにも可能だったのに。
(一つの魔法を極めた魔族っていうのはこんなにも強い。……僕は広くて浅いからな。手広くできれば役に立てるかと思ったけど、そうでもないのが悔しい)
花の魔女を見ていると時々、今からでも何か一つを選んで極めるべきではないのかと思ってしまう。しかし今から何を選べばいいかは、分からない。この魔女を見ていればそれ以上の魔法なんて想像ができないからだ。……彼女は本当に良い魔法を選んだものである。
植物は人間の生活の根幹を支えている。衣・食・住のすべてをまかなうことができるもの。あらゆる植物を扱えるなら、人は生活に困らない。
(ああ、それかな……こいつが植物の魔法を選んだのは)
植物は多くの人を支える力だから。そういう理由がありそうだ、と目の前で微笑む魔女を見て思った。……ニコラウスには、まだ何か一つの魔法を選ぶだけの理由はない。
ただ、もう少しだけ、一人で先を行き過ぎる同族を支えられるようにはなりたいものだ。
「ちゃんと飲んだみたいだな」
今はまだこの程度しかできない。でもいつか必ず、一人で無茶をさせないような、頼られるような、対等な存在になりたい。
そう思っているニコラウスの言葉に魔女は微笑みながら、以前贈った絵版に文字を書いて見せた。
『ありがとう。美味しかった』
(……お世辞だな。僕を傷つけないように、か? 相変わらず子ども扱いと……)
あの栄養剤はエネルギーの効率だけを考えてニコラウスが考案したもので、お世辞にも味がいいとは言えない。それをニコニコ笑いながら「美味しかった」と褒めるのは、年少者が懸命に作ったものだと思っての配慮の言葉だろう。
(ふん、どうせ今の僕はお前みたいに効率も味もいいものは作れないけどな。でもそれは、味まで考えてやるような相手がいなかったからだ。……今に見てろよ)
次は味も改良して、文句のない出来にしてみせる。……自分以外の存在があれば、作る目的も変わるものだ。
だが今日はこの話をしに来たわけではない。眷属の進化と、その前にまずは国からの仕事についてだ。
「今日は……先に仕事の話をするけど。お前に一つ、国から要請があって」
届けられた書簡を広げながら、笑顔のまま何でも引き受けそうな魔女に一言釘をさしておく。……働きすぎる有能というのも困りものである。
「笑ってなんでも引き受けようとするな。無理だったら断っていいんだからな。……魔力の使い過ぎは、僕たちには毒なんだから」
魔力を使えば使うほど、魔族は弱る。魔力が減った状態が続けば止まったはずの肉体の時も進み、老いもする。魔力が満ちていれば魔族は強いが、魔力を減らせばそれだけリスクが上がるのだ。
(この魔女が村中に、それどころか川辺や魔境の境にも浄花を増やしているのは事実だけど……だからって、簡単に増やせなんてよく言う)
ニコラウスでも浄花を増やすのには苦労する。植物の魔法をここまで扱えるわけではないから、効率が悪いのだろう。日に増やせるとしてせいぜい一株か、二株か。
それを魔女は一日で大量に咲かせる。でもそれは、彼女の献身の成果であって、簡単なことではないはずだ。……それほどに浄花とは増えるのに魔力を食らうのである。
(本来なら寄生してる魔物の魔力を……命を吸いつくして増えるんだからな。……それをたった一人にやらせようなんて無茶な話だ。この魔女はもう充分国に貢献してるのに、外交手段にも使おうとしてる)
浄花があれば隣国のルサットに対し、有利な外交ができるだろう。魔境からあふれてくる毒素にいくら解毒剤で対応しても焼け石に水だ。源泉が穢れているのだから、元を断つか人の区域に入る前に浄化する仕組みを作る必要がある。
しかし魔道具でやろうとすれば膨大な魔力が必要になり、解毒剤を作り続けるならばコストが嵩む。だがもしも浄花で境をつくることができるならば、人の手は必要ない。
(しかもルサットの必要数分を上回れるならそれも用意してほしいって? 頭の中に花でも咲いてる?)
ここヴァニリア王国でも上下水道を完璧に整備できているのは都市部に限られている。地方へと浄花を配って衛生状況を向上させ、疫病などの発生率を下げたいのだろう。提案したと思われる老大臣の顔が浮かんでまた舌打ちしたくなった。
そこまで魔女一人が尽くす必要はない。そう伝えたのに、魔女は引き受けると笑顔で頷いた。……そういう人間性なのは理解しているけれど、やりきれない。
「……浄花を作るのは、魔力を使うだろ。僕じゃ植物の魔法を極めたお前みたいには増やせないから、お前頼りになるのに……求められてる量は結構あるぞ。せめて代わりになんでも要求しなよ。……お前は財に興味なさそうだけどさ、必要なものとかないの?」
この仕事に関して、ニコラウスでは手助けになれない。魔女にしかできないことだ。しかしこれだけの大仕事なのだから、多少無茶な要求はしてもいいはずである。
財宝に興味がなくても他の条件や権利や、珍しい外国の植物を集めたり、植物の研究所をつくったり、自分に役立つ何かを得るべきだと思う。
そんな提案に頷いた魔女は、手元の絵版にさらさらと文字を書き込んで、ニコラウスに見せる。
『貴方の作った栄養剤がほしい』
その文字が飛び込んできて、一瞬呼吸を忘れたニコラウスは、にやけそうになる顔を見せないようにうつむきながら大きく深呼吸した。
(ったくさぁ……! この魔女は……他になんでも望めるのに、僕の栄養剤を選ぶのかよ)
つまり魔女にとっては財宝よりもニコラウスの作る栄養剤の方が価値があるのだ。少しでも役に立てればいいと思っていた内心を見抜かれたのか、それとも純粋にあの栄養剤を認めてくれたのか、どちらにせよ落ち着かず顔を上げられない。
「……わかった。いくらでも作ってやる。飛び切り高級な材料を用意させて、作るから」
元々の栄養剤から味を改良して、もっと良いものを作ろう。……しかし最近どうもマンドラゴラを材料にしづらい。改良は難航しそうである。
役に立つより、厄は断った方が世界のためだと思うの…無理草?そうかぁ…
書籍発売から五日、書籍版もお楽しみいただけていたら嬉しいです。
お手元に一株をお迎えくださったカブ主の皆様は告知を見てご存じかもしれませんが、二巻の発売が六月予定です。しょ…書籍化作業を…がんばり…ます…!
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