55話
「ビット村を防衛拠点として育てるってんで、ここいらの商人や冒険者に協力するようにと広く通達があったんですが、魔女さんはご存じで?」
「人を呼ぶって話はレオハルトさんから聞きましたけど、詳しくは聞いてないですよね、魔女さま」
(うん、そうだね。……冒険者かぁ……たぶん、魔物狩る人たちだよね……?)
冒険者は見たこともなく詳しくもないが、その名称や魔物が多いこの場所に呼ぶことから考えて、魔物狩りを生業にする職業だと考えられる。
聖騎士団は元世界でいうところの警察や自衛隊のような公共的組織で、冒険者はいわゆる自警団のような民間組織なのではないだろうか。
騎士たちは国の所属なだけあって、規律正しく生活しているので行動を把握しやすいが、冒険者はどうだろう。粗暴な人達だったらとても怖い。体内では小さな悲鳴が上がっている。
「気を付けてくだせぇ。金になる動きがある時は、まともじゃない奴も入り込むってもんでさぁ……」
(ひぃ……! 危ない人たちがくるかもしれない……ってコト……!?)
「……その笑顔、魔女さんならなんてことはなさそうですねぇ。アンタはこの村の守り女神様でもあるってこった」
なんてことない、なんてことはないのだが。危ない人が入ってきて問題を起こせば、善良を心掛ける私が放置するわけにはいかない。対応することが増えればどこかで私の正体が露呈する可能性が高くなりそうなのが不安だ。
「村と魔境の境界に防御柵や壁を作りたいってんで、そのための物資を集めたいってことだったんですがねぇ……魔女さんがいれば、必要ないんじゃぁありやせんか?」
なるほど、イライの言いたいことはつまり、私なら防衛拠点の材料を用意してしまえるだろうということだ。本来なら石壁などをつくるのかもしれないが、私であればもっと良い壁を作ることができる。
(魔境に向けて、攻撃性の高い植物を生やしたらいい……ってコトだね! そして私がほとんど拠点を作って、物資を用意すれば危ない人たちも入ってくる隙がなくなるってことだ!)
私が頷き、そのあたりを任せてほしいと意思表示するとイライはにっこり笑った。
「ならあっしは聖水でも集めに行きやしょう。聖水は教会でしか手に入りやせんからねぇ。ほかの同業を出し抜けそうでさぁ」
「ああ、聖水は呪い対策に必要ですもんね。さすがに魔女さまでも聖水は作れないでしょうし……作れないですよね?」
(え、聖水って何。知らないよ……?)
私が取り込んだことのない植物からできるのか、それとも薬ではないのか。私が作れるものの中に「聖水」というアイテムは存在しない。私が首を傾げると、ノエルも不思議そうに首を傾げた。
「魔女さま、もしかして聖水を見たことがありませんか?」
(えっ……あ、知らないとまずいやつだった……!?)
人間の常識のうちだったらしい。私は慌てたが、慌てて悲鳴を上げても顔に浮かぶのは笑みだけである。訝しまれたらどうしようと思っていたけれど、意外なところから助け舟が出てきた。
「聖水が呪いに抵抗できるものとして広まったのは、竜の死後でしたからねぇ。強力な厄災竜の怨念を恐れて呪いについての研究が盛んになった歴史があるんでさぁ。山にこもったままだった魔女さんは知らないものでしょう」
「あ、そうなんですね。それじゃあ魔女さまは知らないか……」
(そうなんだ、知らなくて大丈夫なやつだった……ありがとう五百年の歴史……)
どうやらこの世界には呪いに対抗できる専用のアイテムがあるらしい。それがあれば私の声の呪いも無効にできるのだろうか。
(もしかして、聖水を飲めば私は喋れるようになるのかな……? あれ、そういえばレオハルトさんも呪い持ちだったよね。聖水ではどうにもならないのかなぁ……)
その聖水とやらは万能なものでもないのかもしれない。山籠もり設定のおかげで知らなくても当然、という状態の私にイライが聖水について詳しく教えてくれた。
聖水とは、聖地にある教会で司祭たちが祈りを捧げることで少しずつ溜まっていく神聖な水らしい。それを飲むことで一時的に呪いへの抵抗力を高めることができるのだという。
「呪いってのはどれだけ魔力が高くても防ぎきれるものじゃない、特殊な力ですからねぇ。魔族である魔女さんからしても恐ろしいもんでしょう。竜と戦って死んだ魔族たちの死因も大半は呪いだったと聞いてやす」
たしかに、呪いは変わった力だ。生物ごとに抵抗力が決まっているようで、私の声で死ぬ者と気絶する者に分かれる。
私よりもレベルや魔力が低い鳥でも気絶するだけだったり、逆に私より強い魔物でもその抵抗力がなければ即死させることができるのは、この世に産声を上げた時にたくさん殺ってしまったらしいことからも分かる。
人間の場合、呪いの抵抗力は個人差が大きいらしい。それは教会に行って調べると分かるという。抵抗力の高い者は聖者としての適性があり、教会に属して祈りを捧げ、聖水を生み出す仕事に就くことが多いのだそうだ。
「呪いを跳ね返すのは神さまの加護って言われてましてね。聖水を飲むことで、神さまからいつもより強く見守ってもらえるようになるんでさぁ。こうすることで呪いに掛かる前に跳ね返すことができるって寸法ですぜ」
(なるほど、呪いの予防って感じだね……呪いを解く方には使わないのかな……?)
「聖水って魔物避けにもなるって父さんが言ってたような……」
「そうですねぇ。呪術系の魔物が嫌がりますんで……そういう魔物は聖水を掛けるだけで消滅しやすからねぇ」
呪いの声を持つ私は内心で悲鳴を上げた。つまり、私が飲んだら消滅するかもしれないような劇物なのだろうか。猛毒である、一生お目にかかりたくない。
「あ、でも聖水ってマンドラゴラたちが嫌がりませんか?」
「あーそいつはあるかもしれやせんね。たしかそういう研究が昔あって……聖水を与えたマンドラゴラは声が枯れちまうとか」
聖水を飲んだら喋れるかも、なんて甘い希望は打ち砕かれた。おそらく私がそれを飲んだら喋れなくなってしまうのだろう。
人間の世界に行くために声を奪われた人魚姫は泡となって消えた。マンドラゴラが人間と暮らすために聖水を飲んで声という最大の武器を奪われたら、最後は仇となって消えそうである。
(こわいこわい……世の中には極悪非道な研究をする人がいるものだね……)
マンドラゴラに聖水は禁物。教会とやらにも近づかないようにしようと心に決めた。
そんな非道な研究をするのはいったいどこの何コラウスさんなんだろう
書籍化するにあたってタイトル変更となり、WEB版タイトルもそちらに合わせることになりました。この後、明日くらいまでには変更しますね。
旧題『マンドラゴラに転生したけど花の魔女として崇められています。……魔物ってバレたら討伐ですか?』
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新題『魔物ってバレたら討伐ですか? ~花の魔女はひっそり平穏に暮らしたい~』
魔物のルビがマンドラゴラです。一見するとマンドラゴラバレしにくいタイトルですね、よく見るとルビで正体が書いてあるという。
どうかタイトル変更に驚いて走って逃げないでくださいまし…!新タイトルでもよろしくお願いします!




