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6.5話 レオハルト




 レオハルトは魔物の討伐、処理を専門とする聖騎士団の中で、第一部隊の隊長を任されている。二十歳という若さでこの地位についているのには、魔物退治の力量以外にも理由があった。



「お前の呪い無効の体質は羨ましいと思ってたけど訂正。……気を付けていけよ、レオハルト」



 第二部隊の隊長であるリッターは冗談が好きなお調子者でたいてい茶化した態度をとるのに、珍しく真剣な顔でレオハルトの肩に手を置くと、その指先にぐっと力を込めた。そこから彼の心配する気持ちが伝わってくる。

 今回の任務はレオハルト一人で行う。先日、ニコラウスの依頼で向かった魔境は、どうやらとてつもない速度で変化をしているらしい。死霊系の魔物が発生しつつあるようなので「呪い無効」という体質のレオハルトがその様子を見に行くことになった。

 魔物の攻撃の中でも厄介なのが呪い攻撃だ。物理的な防御はできないし、呪いに対する抵抗力を高める薬や魔法を使っても、相手の魔力が高ければ完全に防ぐことはできない。それが一切効かない特殊な体質のレオハルトは、死霊系の魔物に対してとても強い。この力があるからこそ、若くして隊長となったのである。


(……呪い無効、というより……別の呪いにかからないだけ、なんだがな)


 レオハルトは元から呪われている。その呪いはどうやら他の呪いとは相性が悪く、別の呪いを受け付けない。だから他の呪いが効かないというのが実際のところだ。だがそれを知る者は非常に少ない。



「リッター、心配しないでください。君の代わりに、君が見たという面白い形のマンドラゴラを探してきてあげますから」


「……あのナイスバディなマンドラゴラもたしかに気になるけどな? ほんとに気をつけろよ?」



 笑顔でリッターに別れを告げると「お前は全く、理想の騎士だよ」とあきれたような、しかしどこか敬意も感じられる声で送り出された。


(理想の騎士を演じているだけ、とは誰も思っていないんだろうな。私だって、命の危険の高い魔境になど行きたくはない)


 魔境では何が起こるか分からない。大量に生まれた魔物の激しい生存競争が行われ、急激な進化や変化が起きる。以前訪れた時はまだ平和だったが、あれから一ヶ月。危険度は増しているだろう。


 そして実際、魔境は以前訪れた時よりもずっと危険な場所になっていた。死霊、特に屍系の魔物が多く、打撃や斬撃はほとんど効果がない。炎属性、もしくは光属性の魔法攻撃は効果が高い。ただ光属性は魔力の消費が激しいため、レオハルトの場合は炎属性の魔法を駆使することになった。


(っこの数は異様だ……! どうしたらたった一ヶ月でこんな状態になる……!?)


 呪い無効で相性のいい魔法を使えるレオハルトですら、とてもじゃないが魔境の奥深くへは進めない。屍系の魔物というものは、()()()()()()動物や魔物が変質してなるものだ。それが無数に湧き出すように、レオハルトを襲ってくる。そんなに大量の死骸が、一体どこから出てきたのか。


(報告に戻らなければ……っ)


 だが、物量に押し負けてしまった。魔力切れを起こし、毒を持つ爪で胸元を抉られ、なんとか剣で抵抗し命からがら逃走するも、道半ばで倒れ込む。

 屍系の魔物は生まれた場所――つまり、前の自分が死んだ場所からあまり離れないという性質を持つ。魔境を抜けられたようでもう屍系の魔物はいなくなっていたが、血を流しすぎて動けない。自分は助からないだろう。少しずつ体温が下がっていくのを感じながら迫る死を覚悟し始めた、そんな時だった。



「あら、どうしてこんなところに?」



 よく通る女の声がした。優しくのんびりとした口調で、魔物がうろつく場所にはそぐわない緊張感のなさだ。集落にはまだ遠いはずだが、何故こんなところに人間がいるのか。

 なんとか声を絞り出し「放っておけ、逃げてくれ」と口にしてみたものの、かすれた声では伝わらなかったようで、女はレオハルトの傍にしゃがみ込むと、致命傷となっている胸の傷を確認しはじめた。

 助けてくれるのかと思ったが、つい目を開けてしまい、女に左目を見られてしまった。


(……ああ、おしまいだ)


 レオハルトの呪いは左目にある。それを見た人間は、どんなに仲のいい相手だろうと、初見の人間であろうと、レオハルトを心底嫌悪し憎むようになるという「悪魔の目」である。これは非常に強力で、決して解くことはできない呪いである。


(……本当に、くだらない人生だった……)


 この目の呪いは生まれつきだ。初めはただ不気味に思われるくらいだったらしく、赤子のレオハルトは両親に教会へと連れていかれ、この呪いが判明したらしい。

 年数が経つにつれ呪いは強まり、人の嫌悪感と憎悪を煽るようになっていく。十歳の頃には虐待に留まらず親から殺されそうになり家を逃げ出して、それからはこの目を隠しながらどうにか生きてきた。

 聖騎士団に入ったのは、どんな出生であっても働けるから。そして――人々の人気が、高い仕事だから。


(……目を隠し、騎士として正しく振る舞えば……誰からも好かれると、思った……今考えると馬鹿だな)


 左目は常に眼帯で隠している。事実を知らない人々は「魔物と戦って失った左目。それは勇敢な騎士の証だ」と言っている。誰にでも優しく接し、そして正しい行いをする。そうすれば誰もが「騎士の中の騎士だ」と称えた。……正直に言えば、そんなものは自分ではない。常に演じて、人に好かれて、虚しいだけだ。


(……なんだ……? トドメでも、さすのか……)


 頭を持ち上げられる感覚。そんなことをするのは先ほどの女以外にいないだろう。しかし首を絞められることはなく、後頭部に柔らかな感覚があった。もう一度目を開けると、女がレオハルトを覗き込んでいる。

 何か声を掛けようと口を開いたが、言葉が見つからなかったのかすぐにぐっと噛みしめた。……呪いの目を見ているのだから、彼女とてレオハルトを忌み嫌っているはずだ。それでも同情し、看取ろうとしているのであればそれは、とんでもないお人よしである。


(……綺麗な女だな……女神様ってのは、こんな顔、だろうか……)


 美しく、慈悲深く、花の香りを纏った女は、まるで物語に登場する森の女神のようだ。

 そんな女がレオハルトの顔を覗き込むと淡い緑色の髪が光を遮る。暑い夏の日差しを和らげる、休憩所に作られたグリーンカーテンの日蔭のような心地よさを感じた。長い睫毛に縁どられた漆黒の瞳は、黒真珠のように美しい。まるで作り物のように、とても美しく輝いている。そんな目にうっすらと金の光を纏う涙が溜まり、レオハルトの顔に落ちてくる。


(……こんな綺麗な女に泣いてもらって、看取られるなら……悪くないかも、しれない……)


 涙を流す姿すら、幻想的で美しい。レオハルトの呪われた目を見て、それでもその死を悼んで泣いてくれる相手がいるとは思わなかった。

 ぽたりぽたりといくつも落ちてくる雫の内の一つが唇へと落ちてきた。涙は塩の味がするはずなのに、何故かとても甘い。


(……死に際で感覚がおかしく、なってる……のか……? なんか、気持ちよく……なってきた、な……)


 だんだんと眠くなってきて、意識が遠のく。これが死か。……案外悪くない。そう思いながら意識を手放し――――ふと、気が付いた。

 がばりと身を起こし、自分の体を確認する。……服は血で汚れているのに、傷一つない。体力も魔力も完全に回復している。この状態なら無事に帰還できるだろう。



「どういう、ことだ……? ……そうだ、あの人は……!?」



 自分を見下ろしながら泣いていた、美しい人。その光景を思い出し、辺りを見渡すも人の気配はない。


(幻覚? ……いや、違うな。……甘い香りがする。これは、魔物避けだ。しかもかなり強力な……)


 レオハルトは確かに、何者かに助けられた。自分の体に残された甘い香りが何よりの証拠。だがしかし、薄れゆく意識の中で見た相手は一体、なんだったのか。


(とても人間には見えなかった。……女神が地上に降りてきて、人間を助ける……なんてことはないと思うが……)


 しかし自分の身に起きた奇跡は、とても人の力ではないように思える。……あの美しい人は、一体何者だったのか。人か、それとも――。


(……考えるのはよそう。とにかく、報告に戻らなければ。……私は奇跡に救われた)


 レオハルトは立ち上がり、もう一度その姿を探して辺りを見渡した後、その場を駆け出した。……あれが幻覚でないのなら、きっとまたどこかで会えるだろう。




その女神が大量殺戮したから屍系魔物が湧いたんだよ



それと私事ですが今日で一つ歳を重ねました。今年も1年執筆を頑張りたいと思います!


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お暇がありましたらこちらもいかがでしょうか。転生したら鳥だった。体は最強、頭脳は鳥頭
『お喋りバードは自由に生きたい』
― 新着の感想 ―
末尾の作者様のコメントで、口から怪しいうめき声を出すのを止められませんでしたww
誕生日おめでとうございました
こ、これが、高度なマッチポンプか……!:(´◦ω◦`):ガクブル
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