46話
子株の中でも紫株は騎士の宿を主な居場所としているので、ここに居るのは予想通りだった。横長のプランターに涅槃像のごときポーズで寝そべっている。そこへ宿から出てきたリッターが、待ち合わせに遅れてきた恋人のごとく駆け寄っていく。……マンドラゴラに随分と入れ込んでいて彼は大丈夫なのだろうか。
私はこの紫には意識を同調しないようにしているというか、記憶を見るのが怖いというか、リッターとどういう関係なのか詳しく知りたくないというか、まあそのような状況なので正確には何をしているか知らない。
ただ騎士たちに妙な動きがある時は報せるように、とは命じてある。その報せがない以上は放っておくつもりだった。
「あ、紹介しますね。俺の恋人の紫ちゃんです」
(恋人になったの……!?)
紫株と親し気なリッターへニコラウスが何事かと問うのは予想通りだったが、その返答が「恋人です」だったのは予想外である。
たしかにリッターは紫株への想いは真剣であって遊びではないと言っていたけれど、自分の膝の高さほどもない植物の魔物を本気で恋人扱いとは驚かざるを得ない。しかも相手は触るだけで魔力を吸い、声を上げれば殺しかねないマンドラゴラである。
(紫株に恋愛感情があるかどうかも微妙なところ……便利とは思ってるかもしれないけど。まあ、喋らないから両想いに見えて恋人だって勘違いをしててもおかしくない、のかな?)
子株たちは私から分裂した存在とはいえ私よりも思考能力が劣るのは間違いない。感情も――なくはないはずだが、人間時代の記憶をはっきりと覚えている私ですら人間らしい感覚が薄れつつあるため、初めから魔物として生まれた子株たちに人間を恋愛対象として見るような感情があるとは思えないのだ。
ただ生きる上で環境を整えてくれる相手を好意的に捉えるのは間違いないし、紫株がリッターを嫌っていないのは確かだろう。
「僕は何の報告も受けてないけど、情報の隠蔽か?」
ニコラウスの咎めるような声でハッとした。そういえば彼ら騎士は魔物を討伐するのが仕事なのだ。そんな騎士であるリッターが魔物と恋愛関係にあるというのは問題になるのかもしれない。レオハルト含め村人も異様な光景にあきれ果てて現実を見ないようにしていたから、危険性がすっかり頭から抜けていた。
もしニコラウスがこのマンドラゴラを危険視し、その非が私へと向けられるならばこれはまずい事態だ。
「いえそんなつもりは! ただプライベートなことなので、報告書に書くようなことではないかと……あ、もちろん無理矢理ではありません! 俺たちは魔女殿も公認の仲です」
(エッ!? 公認してませんけど……!?)
リッターのとんでも発言にニコラウスが信じられない者でも見るような顔で振り返ったが、私だって初耳である。しかし驚いて出た声はしっかり蓋に閉じ込められ、代わりに笑顔となっているためリッターの発言を肯定したように思われたかもしれない。
(ど、どうしよう! 違います! 私だって付き合ってる認識までいってるなんて思ってなかったよ!)
どんどん人の道から外れているなとは思っていたものの、他人に迷惑をかけない趣味嗜好には口を出すべきではないから黙っていただけだ。……いやまあ私が口を出すと止めるのは行動ではなく息の根になってしまうので、元から何も言えないのだが。
「まあ、いいんじゃない。子供が欲しかったら協力するけど?」
「えっ……! 魔導士殿が優しい……!? ありがとうございます! でもそれは結婚してからで!」
(ぇえ……!?)
前を向き直ったニコラウスの発言はリッターの気持ちを尊重するもので、どうやら問題はないと判断されたことには安心したが、子供を作るのに協力するとまで言い出したことには驚きを通り越して困惑した。
(人間とマンドラゴラで子供を……? マンドラゴラは単体生殖できるのに……?)
雌雄同株の魔物である私はいつでも自分の子孫を作れる。そうしてできた種子は今も眼球の代わりに使っているので、これを土に埋めれば私の子孫は簡単に誕生するだろう。
子株たちはこの方法とは違い、スキルで作り出したものなので子供というより劣化版のクローン体だけれど、こちらの目玉を育てた場合はもっと私の性能を引き継いだ魔物になるかもしれない。……子供となれば別個体なので、私のように善良とは限らないし育てる予定はないが。
子供は私の命令を聞くとも限らないし、危険な可能性の高い魔物の芽は摘んでおくに限る。そもそもこの世に誕生してはならない魔物かもしれない。
「ああ、魔女殿……と魔導士殿もご一緒でしたか、珍しい組み合わせですね」
ひとまず話がついたところでレオハルトも姿を見せた。いつも通りの明るい笑顔を見せていたが、ニコラウスがいるため重要な仕事だと思ったのか表情を引き締めている。相変わらず真面目な人だ。
(ニコラウスさんの話ってどれくらいかかるのかなぁ。早く話し合いが終わって帰ってくれると安心するんだけどな)
あまり敵意は感じなくなってきたとはいえ、それでもニコラウスが一番の警戒対象であることには変わりなく、出来る限り速やかに王都へと戻ってくれないと安心できない。帰る姿を見送りたくてついてきた私は、彼の発言に度肝を抜かれることとなった。
「魔境の防衛について打ち合わせがある。最低でも一晩はかかるよ」
(え!? 帰らないの……!?)
しかも数日かかる可能性があるという話まで聞こえてきて、私は全力で慌てた。打ち合わせの間、村に滞在するニコラウスは一体どこに泊るつもりだろうか。……彼の事なので、私の家の近くで私を監視しようと考えている可能性がある。
(困るぅうう……! 待って、それなら、こっちで先にニコラウスさんの宿を作ってしまえば……!?)
ニコラウス専用の快適な宿を用意すればそこに泊らないということはないはずだ。騎士たちが宿としているこの場所は、私の家と反対側に位置する村はずれである。しかも隣には広い空き地があり、家を建てるだけの敷地があった。
(植物で宿を作ればニコラウスさんが出入りするのも分かるし……ううそれだけじゃ怖いな、やっぱりちゃんと見張り役を置いておこう)
紫株に監視をさせて意識を同調させるのはためらわれたので、近くに居る子株にこちらに来るよう命令を発しながら大きな木を育てた。
自然物なら家にするのは難しいかもしれないが、私は植物に命じて好きな形に育てられる。イメージとしては木の中の家、だ。
宿としての機能が果たせるよう気を遣い、テーブルや椅子や寝具としてハンモックなど多少の家具も用意した。これでビジネスホテル程度には使えるだろう。
(うん、なかなかオシャレにできたんじゃない? これならニコラウスさんも満足……)
「ねぇ……どういうつもり?」
(ひっ……! 満足してない……!?)
それなりに魔力を消費したが宿としては立派なものが出来上がったし、ニコラウスも文句はないだろうと思っていたら咎めるような言葉を掛けられ、私は悲鳴を上げながら振り返った。
その時の彼の表情は不満というよりは困惑しているように見えたので、私が何を作ったのかが分からなかったのかもしれない。
(これは宿です! 宿……! ええと、文字を書くには……)
このあたりの地面は芝生のように草が茂っていて文字を書けそうになく、かといってニコラウスの手を取りそこに文字を書く勇気もなかった。手を取った瞬間、何をする気だと魔法攻撃をされる想像をして体内で叫び声が上がる。
次に思い付いたのが植物を編んで文字を作ることで、おそるおそる文字が見えるであろう距離まで近づき、恐怖で体がガタガタと震えることはなかったが、それを体現したかのようなガタガタの文字ができあがった。
『貴方の宿が必要かと』
「……ただの宿にあんなもの作るなんて馬鹿なの?」
どうやら非常に呆れられてしまったようだが、怒っていたり不審がっている様子はない。その証拠に「まあ、せっかくだから使わせてもらうよ」と言いながら興味を失ったようにこちらに背を向けた。
とりあえずここを宿としてくれるなら助かる。あの宿にはほんの少し【分裂】のスキルで私の意識を分けてあるため、ニコラウスが木の家に居る時は分かるようになっているし、あとはこちらに向かってきている子株を一匹傍でうろつかせておけば、何をしているか把握することもできるはず。
「魔女殿、雨が降りそうです。早めに戻られた方が良いかと……お送りましょうか?」
(まだ子株が来てないから……)
私の用が終わったと判断したらしいレオハルトが紳士的な声をかけてきたが首を振った。まだ子株が到着しておらず、監視役のいないまま戻るわけにはいかない。紫株以外のどれかを置いていく必要があるのだ。
しかし先に雨が降り出してしまい、リッターやニコラウスは騎士宿の中に入っていってしまった。私は濡れたところで気持ちいいだけだが、人間は雨から逃げるものである。
だがこれから長雨になりそうなのに、あの建物で雨宿りなどしたら騎士とニコラウスがいる空間から長時間出られない。それは勘弁してほしい、緊張で固くなってしまう。……いや元から硬いのだけど。
「魔女殿、濡れてしまわれますよ……! はやく中へ……!」
レオハルトは慌てたように自分のマントで私を雨から遮ろうとしてくれた。私を庇っていたら彼が濡れてしまうし、それで彼に風邪を引かせては善良な魔女としてのイメージが崩れかねない。
すぐに傘替わりとなる大きな葉を作り出し、二人分の雨を遮った。葉に当たってはじける雫の音が響く傘の下、レオハルトが少し驚いたように目を大きくする。
「ああ……出過ぎた真似をしてしまいましたね」
そんなことを言いながらどこか寂しそうに、そして申し訳なさそうに笑うので首を振った。彼は人間らしい気遣いを思い出させてくれるのでありがたい。人としての感覚が薄れつつある今、親切な人間が傍に居ると参考になる。
それにレオハルトだけが残ってくれたのも都合がいい。ちょうど子株が到着した。
大降りの雨の中、べっちゃべっちゃと水を跳ねさせながら、短い脚で走ってきた緑の子株は私とレオハルトの間にするりと入り込む。まるで葉傘の下に雨宿りしに来たように見えるが、単に命令通り私の前に現れただけである。
「おや……さすがのマンドラゴラでもこの大雨は嫌なんでしょうか?」
(うん、水が多すぎても良くないのはそうだね。今回は違うけど……)
レオハルトに葉傘を差しだして受け取ってもらい、子株を抱き上げた。緑の服が泥に汚れて元の茶色のマンドラゴラに近い色になっていたので、一度脱がせると恥ずかしがるように手足を縮めて丸くなった。なお、これは恥ずかしいのではなく可愛いと思われる素振りを見せているだけである。
もう一度新しく繊維で服を編み、緑のマンドラゴラの完成だ。これをレオハルトに連れて行ってもらいたいのだが、どう伝えたものか。
(えーと……レオハルトさんなら喋っても大丈夫か)
ちょいちょいと指先で手招くようにして、レオハルトを呼ぶ。傘の中でやっているからこれ以上近づけないし、高い位置にある顔を近づけてほしいという意味はちゃんと伝わったらしい。レオハルトが少しだけ頭を下げた。ヴェールをつけているため誤って触れる心配もないし、私も少し背伸びをして距離を詰める。
「この子を、お願い」
「……っ……はい、お任せください」
激しい雨で傘の中の声すら聞き取り辛いのだから、建物の中に入ってしまった人間にこの声が届くことはない。それでも内緒話でもするようにこそこそと話しかけて緑株のことを頼んでおいた。責任感の強いレオハルトはこうして直接頼めば緑株を傍に置くはずだ。
(これでニコラウスさんが騎士たちと話す様子もちゃんと見られるし、一安心)
緑株をレオハルトに託し、私はもう一つ手元に葉傘を作ってそれを差しながら自分の家に向かって歩き出した。監視役を置けたならこの場所に用はない、家で大人しく過ごしながら、緑株に同期して様子を見ればいいのだ。
(うん、これが一番安全だよね。私ってば天才なのでは……!)
自然災害の方の天災
長くなったので分けようと思ったんですけどちょうどよく切れるところが見つからなかったのでそのままです。
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