45.7話 ニコラウス 後編
「僕は何の報告も受けてないけど、情報の隠蔽か?」
「いえそんなつもりは! ただプライベートなことなので、報告書に書くようなことではないかと……」
魔物退治を担う聖騎士が魔物を恋人扱いしていて報告するに当たらない事項とは思えなかった。ニコラウスが訝しんでいると、リッターは慌てたように両手を振る。
「あ、もちろん無理矢理ではありません! 俺たちは魔女殿も公認の仲です」
その言葉に思わず魔女を振り返ったが、彼女はただニコニコと笑っていて何も気にしている様子はない。このマンドラゴラは魔女が従属化させており害があれば彼女が処理をするはずだ。……彼女に悪意がなければ、の話だがその可能性は低いと考えている。
そうだとするならこのリッターは魔物の能力で惑わされた訳ではなく、本心からマンドラゴラを好いていて恋人だと思っていることになる。それに魔女が一切動揺する素振りがないあたり、魔物と人間が恋愛関係に発展することは彼女にとって当たり前であるらしい。
(……やっぱり、魔族は魔物と人間の間に生まれたって説は正しいのか?)
ニコラウスは同族が残した書物や、五百年前の人族たちの知識から魔族について学んだ。人族の文献の中にあったのが「魔族の祖は人間と魔物の子孫」という説であり、現代では眉唾物とされている噂話である。
しかしその言説は、古の魔族たちの中では周知の事実であったのかもしれない。だからこの魔女も目の前の光景を平然と受け入れているのだろう。
(僕の研究の方向性は間違いではなかった、ってことか。……今後はこいつらを研究対象にしてもよさそうだな)
人間と植物の魔物ではあまりにも生態が違いすぎる。単純に考えれば生殖は成り立たない。……だが何か方法はあるだろう、それを研究すればいい。
このマンドラゴラが魔女の支配下にあり、無害であることは鑑定結果として出ている。これを私事と見なすことはできなくもない。研究ついでにニコラウスが監督すれば問題ない――と思うことにした。
「まあ、いいんじゃない。子供が欲しかったら協力するけど?」
「えっ……! 魔導士殿が優しい……!? ありがとうございます! でもそれは結婚してからで!」
魔物と人間の結婚。あまりにも突拍子のない発想で、この男は凡人の割に想像力が豊かだったことを思い出した。そこが気に入って助手を続けさせていたが、今後は研究対象として観察していくことになりそうだ。
その時、同僚の戻りが遅いと様子を見にもう一人がリッターの名を口にしながら建物を出てきた。
「ああ、魔女殿……と魔導士殿もご一緒でしたか、珍しい組み合わせですね」
眼帯の騎士レオハルトは手前に居るニコラウスよりも、その奥で静かに佇む魔女の方が先に目に入ったらしい。まず魔女を見て顔をほころばせ、次いでニコラウスに気づいて表情を引き締めた。……何故か、それが理由もなく気に入らない。
「……魔境の防衛について打ち合わせがある。最低でも一晩はかかるよ」
「なるほど、数日こちらに滞在されることになるかもしれないと」
「まあね。その間は……」
ふと、視界の端で動きがあり言葉が止まった。それまで背後で佇んでいた魔女がすたすたと歩きだし、騎士団が宿としている建物の隣の空き地で足を止める。
そして地面に手を翳したかと思えば、見る見るうちにその場に木が生え、太い幹の巨木へと成長していく。しかもその巨木はどうやら中が空洞となっており、その穴をふさぐ「扉」が他の植物で生み出されたことで「家」を作っているということに気が付いた。
(……いや、そんなもの作るか普通)
ニコラウスがビット村へ数日滞在すると言っただけだ。だが、このタイミングで家を作るならどう考えてもニコラウスのためである。しかし面倒を見るにしてもやりすぎだ、と思うのは自分だけだろうか。
「ねぇ……どういうつもり?」
その問いに振り返った魔女はいつも通りの微笑みを浮かべている。魔族の文献にも家を贈るような習慣はなかったはずだ。戸惑うニコラウスの前にしずしずとやってきた彼女は指先で植物の蔦を編み、少しいびつな形だが文字を作りだした。
『貴方の宿が必要かと』
「……ただの宿にあんなもの作るなんて馬鹿なの?」
せっかく滞在するなら魔女の家の近くに魔法でテントでも作って彼女の魔法の観察もしようかと思っていたところだった。だが、おそらく彼女は聖騎士団との打ち合わせの利便性を考えてわざわざこの場所に家を作ってくれたのだろう。
……まさかこの魔女はニコラウスのことを、生活の面倒を見てやらなければならない子供だと思っているのだろうか。
(……いや、違うな……僕にとってこの魔女が唯一の同族であるように、この魔女にとっての僕もそうだ。僕に構いたがるのも仕方ないこと、か)
何かと内心で理由をつけているものの、なんだかんだニコラウスは彼女のために便宜を図ろうとしてしまうように。彼女からすればずっと年下であるニコラウスを子ども扱いして世話を焼こうとするのも、考えてみれば至極当然のことだった。
そのままニコニコと笑って自分を見ている魔女は、ニコラウスの反応を待っているようにも見える。
「まあ、せっかくだから使わせてもらうよ。……ありがとう」
誰かに感謝を伝えたのは随分と久しぶりだったかもしれない。魔女の顔を見ていられず背を向けると、感情を押し殺したような顔をしている眼帯の騎士と目が合った。
ニコラウスはあまり人と深く関わらないとはいえ、五百年も人の中で暮らしていれば他人の感情もある程度は察せられるものだ。
(……ふぅん、嫉妬か。でも人族が魔族に恋をしたって無謀なのに)
圧倒的な寿命の差。それは魔族と人族の超えられぬ壁である。……まったく、置いて行く側は気楽なものだ。
「魔女殿、雨が降りそうです。早めに戻られた方が良いかと……お送りましょうか?」
レオハルトの提案に魔女が首を振ったところで、ぽたりと肌に触れる冷たさに空を見上げた。次々に大きな雫が落ちてくる。これは土砂降りとなりそうだ。
「うわ、紫ちゃんが濡れちまう! 早く中に入ろう!」
マンドラゴラは植物系の魔物であり、濡れたところで風邪などひかないが、恋人が雨にさらされるのを許容できない男は小さな株を抱いて建物の中に入っていった。
ニコラウスもわざわざ濡れたくないと小走りで室内へと入ったが、レオハルトと魔女は戻ってこない。
(何してるんだ?)
しばらくして大きな葉を傘替わりにしたレオハルトが、リッターが抱えているものとは別のマンドラゴラを抱えて戻ってきた。緑色の服を着せられた、魔女の眷属のうちの一体だ。
「……魔女は?」
「……こちらのマンドラゴラを預けて帰られました。どうやら近くに居たところ雨に降られたようで、雨宿りさせてやりたいとお考えらしく」
魔女の代わりに残されたマンドラゴラを大事そうに抱えているレオハルトの姿は、濡れたマンドラゴラをハンカチで丁寧に拭いているもう一人の騎士とよく似ており非常に奇妙に思えた。
三人とも同じ大根の穴のムジナなのにね
チアーズプログラムというものが始まったので登録してみたのですが、小説を読む時にどう表示されるのかいまいち分からなかったので教えていただけると助かります。
視認性に問題がありそうなら外そうかと思いますので…。




