45.5話 ニコラウス 前編
花の魔女と共戦協定を結ぶ使者として、ニコラウスは彼女の家を訪れた。協力を願う立場なのだからもちろん相手への贈り物も用意している。
(植物が好きみたいだしそれに関連するものがいいはず。魔力は有り余ってるのに田舎過ぎて魔道具もないんだから……植物に使える便利な魔道具なら間違いない、はず)
今回は正式な使者なので姿を変える必要もない。魔女の家の前に立てば鈴蘭の音が鳴り響き、すぐに玄関扉が開いた。予想通り、扉を開けたのは魔女の従者をやっている狼獣人のノエルだ。
「あ、魔法使いさまこんにちは。……そっか、だから魔女さまが何だかそわそわしていたんですね」
(……そわそわ?)
魔族は他の人種に比べて強大な魔力を持っているため、近くに居ればお互いの存在を感知できる。ニコラウスも魔女がこの家にいることが分かっていたのだから、彼女もまたニコラウスがやってきたことに気づいていただろう。
同族の存在に気づいた彼女が何をしていたかと思えば、以前ニコラウスが贈った鏡の前に立ち、見慣れない髪飾りやヴェールを被って、前に会った時よりもファッションに気を遣っているように見えた。
「ふぅん。僕が来るから、か。……鏡が役に立ってるならいいんじゃない」
どうやら魔女は、ニコラウスが来るから慌てて身だしなみを整えていたようだ。ちゃんと同族として気にされているなら悪い気はしない。
鏡自体もよく使っているとノエルが言っていたし、少々性急な贈り物だったが喜ばれているならいい。
「今日は一応、国から正式な使者としてきたんだけど」
これに反応したのはノエルで、素早くニコラウスをテーブルへと案内した。魔女はといえばおっとりと首を傾げており、ニコラウスが使者として派遣される内容に心当たりがないといった様子だ。
前回来た時にも話したことだと言えばようやく思い当たったらしく、頷いていた。
(まあ、昔の魔族にこういう依頼の契約なんて馴染みないだろうし、口約束だけで充分だったんだろうけどさ)
同意のサインを求めた時も魔女は戸惑っていた。魔族の契約には血を使うのが一般的であり、名前を書くことなんてない。何故なら魔族の名はやすやすと他人に明かすものではないからだ。
(僕も他の人種に馴染みすぎてたな。そっか、魔女なら分からないか)
人族は契約に名前を使う。だからこそ、ニコラウスの育ての親は「ニコラウス」という名前を与えた。たった一人生き残った魔族が、人族の中でも生きやすいようにと。
彼女に真名を書く必要はない、通り名で良いと伝えながら、ふと思いついた。
(……これからも人族と関わるなら、使える名前があった方がいいんじゃないか?)
魔女はこの風習に慣れていないし、ニコラウスがそれらしい名前を付けてやるのも悪くないのではないか。
(僕が名付け親か。……それじゃあべこべだな)
しかし人族の、貴族や国との関わり方ならニコラウスの方が経験豊富だろう。竜なんて厄災が襲ってこなければ魔族は国の中枢と関わることなく、各々好きな場所で好きなように魔法を研究して暮らしていたはずだ。大抵は自分の魔法に適した自然豊かな土地を選び、獣人を従者とすることもあったという。
だからこの魔女も、厄災以前はビット村と変わらぬような辺境で植物の魔法を研究していたのではないか。五百年前と今では国の発展度合いも違うし、貴族などという権力者と関わったこともなかったと思われる。
「僕が……」
貴族の前で使えるような名前を考えてあげてもいい。そう言いかけたところでノエルが茶を運んできたため、口を閉じた。……自分を放置してきた魔族相手に、さすがに親切にしすぎだ。やはりやめておこう。
言いかけた言葉を誤魔化すように、報酬についてを口にした。おそらく魔女の貢献度はかなり高くなる。それに応じた報酬も支払われ、魔道具もほとんどないような不便そうな田舎暮らしをがらりと変えるほどの報奨金になるはずだ。
『お金なら必要ありません』
「……お前、欲がないよね。何かほしいもの、ないの?」
魔女は何も要求することなく、ただニコリと笑って見せた。……欲がないにも程がある。これだけ自分の欲求を見せない彼女なので、趣味嗜好も「植物が好き」ということくらいしか分からない。
(おかげで手土産に苦労する。欲のない相手ほど、喜ばれる物が想像しにくいからな……)
今回選んだのは植物が好む光を生成する魔道具だ。ニコラウスが調整して、人体にも害がなく室内で照明として使えるように改造してある。
魔女の家は壁面すら植物の葉で覆われているが、これを良い状態で維持するのにはそれなりに魔力が必要だろう。しかしこの光があれば、使う魔力はかなり抑えられるはずだ。
その魔道具について説明すると、魔女は一言『ありがとう』とだけ書いた。しかしそのあと、すぐに天井へとつるして装飾にも凝り始めた行動を見れば、彼女がその贈り物をどう思ったのかは伝わってくる。
(……喜びすぎだろ。いい歳してはしゃいでさ)
まるでもらったばかりのおもちゃを我慢できずにその場で梱包を破いてしまう子供の様だ。
薄暗い室内が光で明るくなると、魔女の髪やそこに飾られた簪が輝いて見えるようになる。そんな魔女の姿を見ていると、ニコラウスもどこか満たされたような気持ちになってきた。
(お前が……もっと早く、姿を見せてくれていれば……いや。何か、理由があったはずだ。……唯一の同族に、会いに行けないような理由が)
だって魔女は同族であるニコラウスを嫌っておらず、大したことない贈り物でこんなにも喜ぶくらいなのだから。彼女がニコラウスに何の情も持っていない、ということはない。むしろ同族として大事に想っているというのは、その行動の端々から伝わってくる。……だからこそ何か、大きな理由があるはずだ。
(仕方ないな。……そろそろ、許してやるか。長い時間をいがみ合うのなんて、無意味だし)
彼女が五百年も姿を見せなかった理由は一体何なのか。同族への弔いだけではないはずだ。今は想像できないそれを、いつか明かされるかもしれない。……どうせ、魔族同士の時間は他人種に比べてかなり長いのだ。気長に待てばいい。
土産の魔動具に夢中になっていた魔女に声を掛けると、彼女はニコラウスを振り返って笑った。それは恥じらっているようで、ずっと年上の癖にどこか少女のようで無邪気にも見えた。
あべこべなのはそう。この植物は無邪気で邪悪ですよ
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