45話
「人体に影響がないように調整してあるし、照明としても使えるから。使い方は……」
仏頂面のニコラウスだが使い方は丁寧に教えてくれた。魔力を充填したあとは専用のリモコンのような道具で照明のオンオフができるらしい。こちらは正方形のブロックで、どこでも好きなところに置いて、一撫ですれば明暗が切り替わる仕組みだ。
この村ではこういう道具を見かけないためランプ草を明かりとして使ってきたけれど、都会には家電製品に似た便利な道具もたくさんあるのだろう。市場にもこういう道具が少し売られていたのを思い出す。
(魔力が電力の代わりなんだよね。田舎だと生活にも魔力にも余裕がないからこういう便利な道具はあんまり使われなかったんだろうなぁ……流通もあんまりなかったわけだし……)
ニコラウスに貰った照明道具はさっそく網状にした蔦の中にいれて天井に吊るした。今日は天気が悪かったので、これだけで室内が随分明るく感じる。
太陽よりも弱い光だが、室内でも日光に近いものを浴びられると私は気持ちいい。なんだか頭の上部、蔓の部分がピカピカになる気がする。……決してツルピカではない。
「わあ……床に映る影もなんだかとってもオシャレですね!」
(あ、たしかに人間が好きそうなオシャレアイテムかも。……もうちょっとこう、工夫して……)
網状の影が床に映しだされたことにノエルが反応していたので、光を遮りすぎない程度に黄色の葉の植物を蔦に生やした。こうするとまるで木漏れ日の下のように葉の影が床に映し出され、見上げれば紅葉の美しい色が透けて見えるような雰囲気になる。
人間はインテリアにこだわるものだからこういうものがあると人間っぽいだろう。ニコラウスは本当にいい物をくれた。
「……全く、僕が帰ってからすればいいのに」
私が彼に貰った水晶をせっせと天井に吊るしている間、ゆっくりお茶を飲んでいたニコラウスがぼそりと呟いた。
その言葉で私は客人から貰ったものにはしゃぎ、その目の前ですぐに使い始めるというはしたなさであったことに気づき、慌てる。
(つ、つい……ごめんなさい!)
「まあいいけどね。……じゃあ、僕はここの騎士団にも報告することがあるからそろそろ行くよ」
(あ、騎士の宿にも行くんだ……じゃあついて行こう。やっぱり帰るまでは見ておかないと不安だし……)
ニコラウスはそんなに悪い人ではないのかもしれないし、この贈り物だって同族だと信じつつあるからこそくれたのかもしれないが、だからこそボロを出す訳にはいかないのだ。
私にとって魔物バレの一番の脅威は本物の魔族であるニコラウスなのだから。彼のことはできる限り観察して、その言動を参考にしつつ疑われないように立ち回る必要がある。
立ち上がり玄関に向かっていくニコラウスの後についていくと、彼はちらりとこちらを振り返った。
「……やっぱりついてくるんだな、お前」
(だ、だってぇ……)
「魔女さま、雨が降りそうなので俺は洗濯物を取り込んでから追いかけますね」
(あ、うん。でも雨が降ったら家で待ってていいからね)
空を指し、頭に刺した簪の雫に触れて揺らす。そのあと家の中を指さした。ノエルは少し考えるように首をひねった後「雨が降れば留守番ですか?」と尋ねてきたので頷く。
簪のおかげで水を表すジェスチャーが分かりやすくなったのは非常にありがたい。あの鳥は迷惑だったけれど、この貢物に関しては褒めてもいい。
外に出ると空気はかなりの湿気を含んでおり、分厚い灰色の雲が太陽を覆い隠していた。今にも雨が降りそうだ。
そんな空の下、騎士団の宿を目指して村の方へと進むニコラウスの数歩後ろをついていく。……隣に並ばないのは、並んでいなければ話しかけられるとことはないはず――
「あの子供は敏いね」
――という思惑は外れた。振り返ることなく、前を向いたままだが明らかに私へ向けた言葉だ。
私は声を発しないのだから会話などできないと分かっているだろうに、姿が見えない位置に居ても話しかけられるとは思わなかった。
「お前のことだから可哀想な子供を放っておけなくてそばに置いてるのかと思ったけど、ちゃんと有能だ。……それともお前が育ててるからか」
(いや、私は全然育ててないです……)
ノエルは元から勘が鋭く、素直な性格で、そして仕事もできるいい子なのだ。私は何もしてない。私が彼にしてあげたことなんて、せいぜい体調不良の時に薬を作ってあげたり、服を作ってあげたり、食べ物になる植物を用意したくらいのもの。他はノエル自身の能力や努力に他ならない。
「……誰に、どんな大人に育てられるかで子供は変わる。……あの子供は、お前に拾われて幸運だろうね」
(ノエルは家族を失くしてるし幸運とは言い切れないような……あ、そういえばニコラウスさんもそうだっけ。だからノエルが気になるのかな?)
竜の厄災ですべての同族が死んだニコラウスは、人族の手で育てられ、人族の中で暮らしてきた。頼れる同族をすべて失って、別の人種に育てられているという点ではノエルと同じだ。……あ、いや、私は人種ではないが。
だがそう思っている彼は、自分に近い境遇のノエルに同情しているのかもしれない。
(大丈夫だよ、ノエルが大人になるまで私がちゃんと責任もって面倒見るから……私、善良なマンドラゴラだし……)
ちゃんと子供の面倒を見れるのかと心配しているらしいので真面目な顔をしていたら、ニコラウスが振り返った。
「……分かってるよ。別に責めてない」
(え、何がですか……?)
「怒り続けるのも馬鹿らしいし、もう怒ってないよ」
(お、怒ってたの……!? 何を……!?)
ニコラウスが何を考えているのかさっぱり分からない私は混乱で内心叫び声を上げていたが、顔に出るのは笑顔ばかり。それが彼の怒りを煽ることにならないかとヒヤヒヤしたけれど、ニコラウスはさっと前を向いて再び歩き出した。
(私が一体何をして怒らせたのか教えてよぉ……! 怖いじゃん……! ねえ!)
やはり客人を放置して照明道具にはしゃいだのがまずかったのだろうか。それ以降、騎士団の宿につくまでニコラウスは一言も発することなく、私はずっとその背中に届かぬ疑問を投げかけていた。
お互いに何も届いてないな……。




