6話
(ま、まずい……!! この人が死んでしまう!)
私はすぐにその人間の傍にしゃがみ込んだ。どうやら魔物にやられたようですでに死にかけだが、それでも私の呪いでとどめをさせば私の責任である。さすがに人間は殺したくない。
真っ赤に染まったシャツのボタンを外して確認してみたところ、赤く血濡れてはいるものの黒い染みはできていなかった。声が聞こえなかったのか、はたまた別の理由か。分からないが彼は私のせいで死ぬことはなさそうだ。ただ胸元には大きな傷があり、とめどなく血が流れている。
その時、男性が薄っすらと目を開けてこちらを見た。左目は血のように赤く、右目は深みのある金色だ。印象的なオッドアイの瞳と一瞬だけ視線が絡む。
「は……くだ、らない……じん、せ……だ、た……」
そうだった、良かったと安心している場合ではない。出血が多く、呼吸が浅い。意識も朦朧としているように見える。このままでは彼は確実に死んでしまうだろう。すでに人生の終わりを覚悟したような台詞も吐いている。
(まるで前世の私みたい……できれば助けてあげたい)
前世の私は誰の助けも期待できず、ゴミ山の上で一人寂しく死んだ。今思い出しても本当に惨めな死だったと思う。でも一人で死ぬところだったこの人は、私に見つかったのだ。
私にできることと言えば薬を生成して彼に与えるくらいだが、何もしないよりはマシである。多様化のスキルのおかげで、私はこれまでに触れた植物ならどんなものでも生み出せる。生まれた場所は非常に緑豊かであらゆる植物を取り込めたし、初めて治療薬を作った時よりもさらに効果の高い薬が作れるはずだ。
(えーと……一番いい薬を作る組み合わせ……傷を治して、体力の回復とかもできるやつは……)
薬の調合は感覚なので説明が難しい。体内でいくつかの植物を混ぜ合わせ、これ以上はできないという薬を作り上げた。薬のステータスを確認すれば「完全回復薬」となっていて、説明を見てもこれ以上はないほど最高品質の治療薬である。これで助からなければ何をしても助からない。
薬を飲ませやすいよう、座り込んで彼の頭を太ももに当たる部分にのせる。要するに膝枕状態だ。ちょうどよく花を生やした場所で、クッション性もあるだろう。あとは穴から出せばいいので、ぱかりと「口」を開けようとした。
(っと違う……! 口からだばーっと液体を出すのは人間的に考えるとやばい!)
口から零れそうな薬をぐっと唇を噛んで堪えた。危ない、もう少し遅かったら死にかけの人間に唾液を掛けようとするやばい女になるところだった。
ここしばらくの戦闘では口から思いっきり毒薬を吐いていたので、その流れで同じことをしそうになったのだ。
最近、出てくる魔物の種類が変わって、声の攻撃があまり効かなくなった。ゾンビのような魔物に襲われるので相手を溶かすような毒で対抗するしかなかったのである。その癖でつい、いつものように口からでろっと出しそうになったけれど人間はそんなことをしない。
(えーと……どこから出せばいいかな……口の中にだんだん溜まっていってやばいんだけど……あ、そうだ)
このままじゃ耳や鼻の形にしている穴から出てくるな、というところで目から出すことを思いついた。鼻水や耳の汁は見た目にも完全にアウトだが、涙ならばまだ口にする抵抗感も少ないはずだ。……まあ死にかけの彼にまともに見えているのか、それを判断できるのかは怪しいが、助かった場合の私への印象が悪いと、今後の生活に響くかもしれない。
山の中で顔の穴という穴から液体を出す女のその液体を飲んだら怪我が治ったとか、一体どんな妖怪だといわんばかりの逸話を残すわけにはいかないのである。
(目の穴から上手く出して……)
今の私の目はもうはにわ顔ではなくなっている。元々は真っ黒の窪みがあるだけの場所で、泣き叫ぶと涙らしきものが出ていた。そんな窪みが何故視界として機能するのかは不明だが、魔物の体なので詳しく考える方が無駄である。
今の目は人間の眼球に似せてあるが、実際は植物で言うところの果実だ。それが目のくぼみ部分に生えているというか、実っている。たぶん、これを取り出せば大変すばらしい薬の材料になると思う。人間ではないので再生もできるし何度でも収穫可能だ。……まあ、やる予定はないけども。
男性の顔を覗き込み、ぽたぽたと落ちる雫を唇に落とそうと努力する。……非常に難しい。飲ませる方が効果があるという気がするのだけど、もういっそ傷口にかけた方が早いのではないだろうか。
「ん……」
(あ、入った。……よし、傷口塞がってきてる)
さすが「完全回復薬」とステータス表示されるだけある。血の汚れは残っているが、傷口は目に見えて塞がってきていた。彼の呼吸も落ち着いてきている。体力の回復のためか、彼は眠ってしまったようだったので、その場に放置することにした。
目が覚めるまでいてもよかったのだけれど、どうやら私は会話をするだけでも人を殺しかねない。どうやって助けたのかとか、どうしてこんなところに居るのかとか、いろいろと尋ねられても困る。
(あれ? もしかしてこの前見かけた人と同じかな? 片方はこんな髪色だった気がする……?)
すやすやと眠る人物を改めてみると何となく見覚えがあることに気づいた。たぶん森の中に入ってきた、二人組の騎士のうちの一人だ。声の影響は全く見られないが、茂みの中ではしっかり兎の魔物が死んでいた。
(ウサギは死んでるし、やっぱり喋ってもいけないのか。こっちにはなんで効かなかったんだろう……人間だから、何かマンドラゴラ対策とかしてるのかな?)
もう一度、眠っている人間を確認する。白金の髪で、間近に見てみれば非常に端正な顔立ちの人間だった。私もこれくらい整った顔にできていればいいのだが、水鏡で確認しながら作った顔なので一体どうなっていることやら。
(この人をこのまま放置していいのかなぁ……そうだ、せめて魔物避けの薬を作って撒いておこう。……いやむしろ服にかけておこうかな……それなら帰り道もある程度は効果がありそうだし)
そうして体内で生成した魔物避けの薬は、目から出すと穴が小さく抽出に時間が掛るのが面倒だと思いながらも、やっぱり鼻や口や耳から出すのは人間的に考えると見た目が悪いため、両手で作った器にゆっくりと涙をためてから男の体にまんべんなく塗っておいた。
私は植物系の魔物なので平気だが、肉食の魔物はこの臭いが嫌いだ。しばらくは近寄ってこないだろう。
(じゃあ、どうか無事に帰りついてね。もう関わることはないかもしれないけど)
そう思いながらその場を後にした。そうして川に沿って南下し続け、数日後。私はついに、人の集落を発見したのであった。
すでにやばい女というかやばい魔物なんですけどね。
次回は助けられた男からどう見えていたのか、この騎士の視点のおはなし。