43話 ニコラウス
魔境の誕生と、花の魔女の出現。それの二つが議題に上ることの多い王城の会議に、参考人として呼ばれたニコラウスは心底面倒くさいとため息を吐いた。
新しい魔境ができたなら、魔物の縄張りと人間の生活圏の境界線が変わる魔物災害が起こる可能性は高い。実際にその兆候は出ているし、国があらかじめ対応を話し合うのは当然のことだ。面倒くさいのは、話し合いが平行線のまま進まないことである。
「だから、あの魔女は協力的だし、サポートとして有能だと言ってる。それで充分に戦力になるはずだ」
「ですが……竜との戦争を生き抜いた実力者なら、先頭に立って戦ってもらった方がよろしいのではないでしょうか?」
「はあ? あの魔女を最前線に置くとか馬鹿じゃないの?」
竜との戦争を生き延びた魔女ならば確かに一騎当千の猛者だろう。矢面に立たせて被害を最小限に抑えたいという意見も当然出る。
しかしニコラウスとしてはそれを許容できなかった。あの魔女には後方支援に回ってもらい、できるだけ身の安全を確保させたい。
「ただの魔物災害で、最高戦力を出すのは愚行の極みだね。あれは温存するべき戦力だよ。もし魔女を失って……次に竜レベルの厄災が来たらどうするわけ?」
「その時こそ大魔導士殿に出て頂くことに……」
「僕よりあの魔女の方が強いのに? ……まず犠牲にするなら僕にするべきだ」
有事の際には命を懸ける。その契約でニコラウスは宮廷魔導士として城に住み、好きなように研究をさせてもらっていた。だから戦いから逃げ出す気はないが、何も分かっていない幼い老人たちには辟易する。自分の十分の一も生きておらず魔法に未熟な人間はこれだから困るのだ。
花の魔女の有用性は高い。ニコラウスは様々な魔法を扱えるとはいえ、その分一つ一つの魔法を深く理解して使うことはできない。端的に言えば広く浅い、器用貧乏なのだ。
先に死ぬなら魔女ではなくニコラウスの方がいい。……自分だけが生き残るのだけは御免だ。
「しかし、魔法の汎用性では大魔導士殿に敵わないでしょう。植物を操る魔法は、対応範囲が限定的では?」
「魔法を極めた魔族を見たことない無知無能は黙って。……僕にできてあの魔女ができないのは、瞬間移動くらいだろうね。それだってそこまで便利でもないでしょ」
植物を操る彼女は戦闘面以外にもかなりの能力を発揮する。もし人の生活区域が縮小する結果となったとして、あの生産力があれば人が飢えることはない。薬も作れて、毒物の浄化もできて、公衆衛生面でも役に立つ。
ニコラウスの魔法は人の生活が充分に満たされている場合に、それを便利にするようなもの。花の魔女の魔法は、人間の生活の根幹を作り出すものだ。この先、どんな災害が起きても建て直すことができるのはどちらか、言うまでもない。
(あの魔女の魔法の力は実際に目にしないと理解しにくいか。まあ、あれだけ高度な魔法を顔色一つ変えずに使うのは異常だし、凡人が想像できなくても仕方ない。っていうか、あの魔女はむしろ何ができないんだ? 瞬間移動以外は代替方法を出してきそうなんだけど)
そして魔女が扱えない空間魔法である瞬間移動だが、魔力の消費が大きく短時間で大量の人や物資を送ることなどできないのだから、便利に思えてもこちらこそ限定条件が多い。だが花の魔女が作り出す薬のサポートがあれば、それは飛躍的な性能へと進化する。それに瞬間移動だけではなく、ニコラウスが使う様々な攻撃、防御魔法とていくつも重ねて使えるのだ。
彼女に後方支援を担ってもらい、ニコラウスが騎士団と共に前線に立つ。それが最も事故が起こりにくい形だろう。
(まあ、何人かは死ぬかもしれないけど。それだってあれだけぽんぽん完全回復薬を出す魔女が支援すればかなり被害は抑えられるはず。……せっかく育てた人材を失いたくないんだろうけど、あんな化け物は五百年かけたって育たないんだからな)
人間を十年や二十年育てたくらいでは到底届かない。五百年生きたニコラウスですら、あれに届く気はしない。
それがどれほど貴重な人材か全く分かっていないようだ。老人は視野が狭くなっていけない、年上の助言は素直に聞くものである。
「そもそも……魔女が国軍の所属じゃないの分かってる? 互いの手段も分からないんじゃ、騎士団との連携が取れないよね。たった一人で魔境から溢れる魔物に対応させる気?」
「そ、それは……しかし、国の危機に民が立ち向かうのは当然のことです」
「あの魔女は五百年も存在が知られてなかった。竜の災害は人類滅亡の危機でもあったから、世界中の魔族が集まって戦った。なら他国の魔女だった可能性もある。筋も通さないで命だけかけさせようなんてしたら、この国が捨てられるかもね」
……まあ、あのお人良しはそんなことしないだろうが。頼まれなくたって、ビット村を守るためにあの場に留まるはずだ。
しかし魔物災害は物量戦、大量の魔物が発生するものである。一人ですべてを捌くのは難しい。もし、一歩間違えれば魔女が命を落としかねない。ニコラウスより先に魔女が死ぬことだけは避けたかった。
「あの魔女のサポートがあれば僕の戦力が倍以上になると考えていい。僕がやると言ってるのに何が不満なわけ?」
「……ここまでだ。魔導士殿がここまで言うのだから、この方向性で作戦を詰めよう。あまり悠長に話し合いばかりしている時間はない」
「……分かりました」
王太子セドリックの言葉が鶴の一声となり、ひとまず話がまとまった。魔女を後方支援に回せるならなんでもいい、とニコラウスも息を吐く。この後の作戦に関しては意見を求められない限り口を出すこともないだろう。
「珍しい様子だったな、ニコラウス殿」
会議が終わり、さっさと部屋に戻ろうとしていたニコラウスを呼び止めたのはセドリックだ。また小言でも言われるのかと思っていたら、顔に出た不満を見て相手は苦笑した。
「そう嫌がらないでほしい。……魔女と認めた以上、花の魔女は唯一の同族だろう? ニコラウス殿が守りたがるのは人として当然だ」
「…………別に、そういうのじゃないけど。魔女だって証拠はないし。便宜上魔女って呼んでるだけで」
「それでも貴殿は、魔女とされる人物が竜との戦争を生き残れるだけの力を持っていると判断した。……それが魔女でなかったら一体何者だというのか」
あれだけの魔法を扱える人種は魔族以外にない。そして同じ魔族でも、五百年生きたニコラウスが届かないと感じるほどの熟練だ。状況から考えれば竜の戦争を生き残った、いにしえの魔女である。……そうでないとするなら、他の選択肢は。
「さあ。それなら化け物か怪物なんじゃないの? 魔物の特異な進化だったりしてね」
「それはまったく現実味がない、荒唐無稽な話だろう。……ニコラウス殿も自分で分かっているはずだ、まったく素直じゃないな」
「…………で、本題は?」
どうやら今回は会議でのニコラウスの態度に小言を言いに来たわけではないらしい。ならば別の話があるはずだ。妙な居心地の悪さから話を切り出すと、セドリックは頷いた。
「ニコラウス殿の言う通り、魔女は国に所属している訳ではない。ならば国から、正式に協力を依頼するべきだろう? 使者を送り、しっかりとお願いをしなくてはいけない」
「……まあ、それはそうだけど。あの魔女は話せないし、古代文字しか読み書きできないよ」
「うむ。だから……ニコラウス殿が使者として向かってくれないか? 貴殿に魔女と国との間を取り持ってほしい。頻繁に通ってもらうことになりそうだから、研究には集中できないかもしれないが」
「……別にいいけど。僕以外に適任、いないんだから」
自分でも気分が上向いたのが分かった。城で研究できずとも、あの村には非常に興味深いものが多いのだ。好奇心はそちらで充分満たされる。……新しい魔族を生み出すために、必死になる理由ももうない。
表情に出したつもりはないがセドリックはそんなニコラウスを見て、普段はあまり見せない笑顔を浮かべる。
「……何? お前も珍しい顔するじゃん」
「私も師に多少なりとも恩返しをしたいんだ」
師と呼ばれて少し前のことを思い出した。……セドリックがまだ子供の頃、ほんの少しだけ魔法を教えてやっただけだ。彼はまだそれを忘れておらず、恩と感じているらしい。
「……仕事をさせるのが恩返しって、それはどうなんだ」
「はは。……では、正式な文書を作るので準備をしておいてくれ」
笑いながら去っていくセドリックの背中を数秒見つめて送った後、ニコラウスも自室へと足を向けた。何を準備するべきか、頭に思い浮かべていく。
花の魔女に持っていく土産は何がいいだろう。……きっと、何を持って行っても彼女は優しく笑ってニコラウスを迎えてくれるのだろうけれど。
何を持って行っても悲鳴を上げているだけなのである。
予約するのを忘れてて遅刻しましたーー!ごめんなさいーー!




