41話
夏の終わりのよく晴れた空の下、日光浴――ではなくて、畑に悪戯をするという鳥を捕獲するために私とノエルは家の外、畑の前で待機していた。
庭に椅子を用意して、日光を浴びながら鳥を待つ。ノエルは私が作ってあげた帽子を被っているけれど、人間なので日を浴びすぎるのもよくない。だからノエル用に植物で野点傘のようなものを編み、無理せず日蔭で過ごせるようにしておいた。
「魔女さまは日蔭に入らなくていいんですか……?」
(うん。日光が気持ちいいから……)
「……なるほど、植物は日光が必要だし……それも魔法の修行のひとつ、なんですね。」
ノエルは勝手に納得してくれているため、私はそのまま日光浴を続けた。鳥を捕獲するという名目だったので、視界を阻害するヴェールは外したが、根部分である顔は別に日光を浴びずともよい。
つまり頭の花や髪の部分が日に当たればよかったので、むしろヴェールを付けていた方が気持ちよかっただろう。
(なんかこう……ぐんぐん力が湧いてくる感じ……今ならなんでもできそう)
私は魔物なので、普通の植物とは違って光合成で魔力を作り出せる。日光を浴びれば浴びるほど、魔力たっぷりのマンドラゴラになるというわけだ。心なしか根肌もつやつやしてきた気がする。
「魔女さま、ノエル、こんにちは!」
「……エリーか。こんにちは」
「ヒカリちゃんがお仕事だったから、そのまま遊びにきちゃった。これ、どうぞ!」
ヒカリというのは黄色株にエリーがつけた名前だ。村の外の監視を始める黄色株についてきて、そのまま村はずれのこの家までやってきたということらしい。
彼女はこの家に遊びに来る時、いつも卵を持ってくる。今日の手土産も卵のようだ。卵料理はノエルも好物の類のようで、受け取りながら我慢しきれない尻尾が揺れていた。
「二人で何をしてるの?」
「畑を荒らす鳥を捕まえるんだ」
「あ、それなら私も手伝うよ。昨日、家の妖精飴の実をとられたの……」
なんと村にも被害が出ているらしい。この鳥を放置することは、善良な魔女としてできない。村人のためになんとしても鳥を捕獲する必要がある。
おそらくこの鳥は普通の動物ではなく、魔物の一種だろう。これまで被害がなかったのに突然現れたことを考えると魔境から出てきた可能性が高いからだ。
(人間の被害を見て見ぬふりをして、魔物の仲間扱いされたらたまらないからね……まあ魔物なんだけど)
こうしてエリーも共に畑の番を始めたが、彼女の興味はすぐに目新しい植物へと移った。特に愛らしい花を咲かせている三葉に目を引かれたようで、ノエルから「幸運の四葉」の話を聞くとそれを探し始めた。
「まったく……子供だな」
「ノエルだって子供だよ。同い年だもん」
「……年齢の話じゃないぞ、責任感の話だ」
そんな子供たちの微笑ましい会話が聞こえてくる。その後、エリーに何かを耳打ちされたノエルは、落ちつかない様子でそわそわとし始めた。エリーが花を摘んでいる姿をかなり気にしている様子だ。
そして彼の目は、空ではなく次第に地面を彷徨い始めた。……どうやら四葉を探しているらしい。
(今ここに生えてるのは普通の三葉だから四葉はあんまりないはず。四葉探し、子供にはいい遊びだもんね)
子供たちが花を摘んだり四葉を探したりしている間、私はのんびりと光合成をしていた。あまりにも日差しが気持ちよくてうとうとしそうだったので、椅子から立ち上がっておく。……まあ、私は立ったままでも眠れるとは思うが。
「魔女さま、これどうぞ!」
(うわっ!? びっくりした……)
立ったまま寝ていた私は突然声を掛けられて驚いた。気づくとエリーが足元に来ていて、花で出来た冠を笑いながら差し出している。
私の目はマンドラゴラの実であって、眼球ではない。眠る時に瞼を閉じる必要がなく、というか瞼は作り物なので時々意識的に動かしているだけのもので――つまり目を開けたまま寝ていたのである。おかげで居眠りしていたことはバレていないようだ。
(えーと、どうぞって言ったからプレゼントか……あ、もしかして二人で作ったのかな。ありがとう)
花冠に一つだけ四葉が飾ってある。恐らくノエルが探していたものだろう。それを受け取って頭に乗せた。帽子のように飾ってある花たちにこの冠が増えたような形である。
「ヴェールも素敵ですけど、やっぱり魔女さまに一番似合うのは花ですよね……!」
ノエルは嬉しそうに尻尾を振っていて、エリーも満面の笑みを浮かべている。子供は大人にこうして作った物をプレゼントしたがるものだ。ちゃんと笑顔で受けとってあげるのが良い大人だろう。子供たちからの印象も良くなるはずだ。
(……ん? 今何か光った?)
ふと謎の光が視界に入り込み、私は空を見上げた。日光を遮る黒い影があり、それがチカチカと光っている。……どうやら鳥が何か光る物を持っているようだ。
「あ! あの鳥……!」
(なるほど、あの鳥が犯人だね。……ちょっと高いけど、多分いける)
人間なら道具を使っても届かないような高さを鳥が旋回している。だが、私はマンドラゴラだ。私の蔦から逃れられる距離ではない。
手を翳し、そこから蔦を素早く伸ばす。驚いた鳥が一瞬空中で羽ばたいて方向転換をしようとした隙を狙って網のように蔦を広げ、そこに麻痺薬を染み出させながら捕獲した。薬に触れればどのように賢くても逃げられはしない。
「さすが魔女さま…!」
(あ、二人は危ないから触っちゃ駄目。薬もあるし)
網にかかった鳥が離れた場所に落ちたので、拾いに行こうとしたノエルの前に腕を伸ばすことで制した。鳥には薬がついているし、子供たちが触れたら痺れて動けなくなってしまうだろう。
「……了解です、触ったら危ないんですね。おい、エリー。鳥に触ったらだめだからな、危ないかもしれない」
「うん、分かった!」
鳥が危ないのではなく私の薬があぶないのだけど、とりあえず触らないならそれでいい。子供たちをその場に残し、網に使った蔦は枯らして、痺れて動けない様子の鳥を回収する。
(あ、この鳥見たことあるなぁ……私が最初に吸ったやつだ)
自分がマンドラゴラになったと自覚した時に叫んで落ちてきた鳥と同じ種類だ。やはり魔境からやってきたのだろう。これは叫んでも死なずに気絶する程度だったため、おそらく呪いに耐性がある。しかし毒には耐性がなかったのか、麻痺薬ですっかり痺れて動けず、私の手のひらの上で命乞いでもするかのようにしおらしく私を見ていた。
(結構おいしかったよね、これ。私が食べてもいいかなぁ……でもノエルにも鳥肉を食べさせたいし)
そんなことを考えていたら、鳥にも伝わったのか『ヒィ……ッ』と呻き声のようなものを漏らし始めた。薬で痺れていても声は出せるらしい。……もしかすると、毒の耐性もそれなりに高いのだろうか。
『タスケテェ……ッ』
(うわっしゃべった!?)
鳥が喋ったことに驚き、その声で私の顔は笑顔に引きつった。……これではまるで助けを懇願されているのに、楽しそうに笑みを浮かべる凶悪犯である。
ノエルとエリーが後ろに居て良かった、この顔を見たのは手の中でぶるぶると震えだす鳥だけで済んだのだから。
レオハルトのレの字もない。だって寝てたから。
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