39.7話 レオハルト 後編
一度宿に戻って身なりを整えたレオハルトと、同じく買い物がしたかった部下は再び市場へとやってきた。まだまだ賑わいは続いており、魔女の姿を探してみれば、この市の主催であるイライという商人と話している。……レオハルト達が戻ってきたことには気づかないだろう。
「服と装飾品の店はここですよ隊長。さっき魔女殿も見ていたみたいですし、ひとまずここを見てみるのはどうです?」
「そうしましょうか」
その店は老若男女問わずの服飾品を揃えている様子だったが、やはり既製の服となると割高で、あまり客はいない。隣の布の店の方が繁盛している。
こちらの客と言えば、騎士団の同僚とその連れの紫の子株マンドラゴラくらいのものだ。
「紫ちゃんに似合う服をプレゼントしてやりたくてな……でも人間のサイズじゃ子供服でも大きいだろ? なんとかならないか?」
「ほほう……このプロポーション、素晴らしい。まるで先ほどの魔女さまをそのまま縮小したがごとく美しいバランスですね! ちょうど魔女さまの服をお作りしたかったので、その練習にもなりますし……デザインをお任せしてくださるなら格安で引き受けましょう」
「ありがてぇ! やったな、紫ちゃん!」
リッターは魔物の前だと頼もしいのだが、異性を前にすると言動が怪しくなりがちだ。しかしこの店のデザイナー兼オーナーの女性とは普通に話せていた。……つまるところ、もう一人に決めたから心が揺れないということなのかもしれない。理解することを頭が拒否するため、考えるのをやめる。
台の上でポーズを決めている紫株からそっと視線を外したその先、奥の方に装飾品が見えたので、レオハルトはそちらに向かった。
「レオハルト隊長、この空気の中よくここに入れますね……俺、別の店にするべきかと思いましたよ」
「他に服飾の店はないようですし、何より、あまりこういったものに詳しくない私でも良いものだと感じます。魔女殿もこの店でヴェールを買われたのなら、好みにも合うでしょうから」
店主は少々、いやかなり変わり者のようだが、服は華やかで目に楽しい。彼女が着ていればとても似合うだろう、とそう感じる服も目に入る。
その店の一角にある装飾品が集められた台の前に立ち、目を引く髪飾りを手に取った。雫をかたどったガラスが鎖で連ねられ、揺れると光を反射して輝きながらしゃらりと音を立てるかんざしだ。
「あ、それ綺麗ですね。……隊長、相談がしたいと言った割には迷いなさそうですね?」
「そんなことはありません。……ただ……使っている姿を想像できたというか、似合いそうだと……」
花の魔女はいつも美しく咲き誇る花を身に纏っている。あれは自身の魔法で生きた花を使い、生命力にあふれて瑞々しく美しい姿を維持しているのだろう。生花に彩られた彼女に合うとしたら、植物の命ともいえる水の形を模した物がいいと思っただけなのだ。
「なるほど。じゃあそれは隊長が贈りたいと思ったものですし、いいと思います。……魔女殿が使ってくれたらいいですね。じゃあ俺も、あの子に似合いそうなのを選ぶかな……隊長は先にお会計しててください!」
楽しそうな顔で誰かへの贈り物を選び始めた部下は、似たようなデザインのハンカチを真剣に見比べている。送りたい相手にどちらがよりふさわしいかを考えているのだろう。
店主の方を見てみると、ちょうどリッターとの話が終わったところのようだ。デザインを含めて服はすぐに出来上がらないため、今日のところはもう用事はなさそうだ。
「じゃあ次は……植物の店があったな。いい栄養剤を買ってやるからな、紫ちゃん!」
リッターの手に腕を絡めるようにして喜びを伝えているらしい紫子株のマンドラゴラ。鼻の下を伸ばしだらしない顔をしたリッターは、子株を肩に乗せて店を出て行った。……あの同僚を元の道へ引き戻すのはもう不可能だろう。騎士も村人たちも、だんだんとあの一人と一体はそういうものだと受け入れ始めている。慣れとは恐ろしいものだ。
「おや、お客様。そちらをお買い上げでしょうか?」
「ええ、お願いします」
「はい、こちら大銀貨一枚になります」
支払いを済ませ、かんざしをハンカチに包んで懐へしまった。その後部下もこれと決めた贈り物を買い、店を出る。
花の魔女はまだ商人と話をしているようだ。とはいっても彼女の声を聞けるのはレオハルトだけなので、その意志を上手く読み取っている従者のノエルが代わりに話をしているのだが。
(今日は忙しそうだ。また明日にでも訪ねよう)
彼女を邪魔をする気はない。……ただ今日の気遣いに感謝を伝えたいだけなのだから。迷惑をかけたくはなかった。
翌日。市を開いていた商人たちは店をしまい、村の中で商売になりそうなものを探すことにしたようだ。小さな村ではあるが、花の魔女のおかげで希少価値の高い物が多い。商売の元締めはイライという商人がしているのだろうけれど、彼だけで手掛けられる仕事は限られる。商人たちも自分の分野に生かせるものがあれば、村人や魔女と取引をしたいだろう。
(まるで観光だな。……ビット村が観光地になることも、あり得るのかもしれない)
本来ならここは魔境に近い危険地帯で、人が離れることはあっても近寄ることなどあり得なかった。それが、花の魔女一人が現れ環境を変えてしまったのだ。……それでも危険であることに変わりはないのだが。
村を出て魔女の家へと向かう。浄花が川の周りに咲く影響か、花の魔女の力か、随分とこの辺りは緑が豊かになった。もうすぐ訪れる秋は大豊作となるだろう。
今はまだ夏の花と緑が鮮やかだ。魔女の家の庭にも多くの花が咲いており、そこに魔女はいた。従者のノエルと村娘のエリー、この二人の子供の面倒を見ているようだ。優しい彼女は子供たちにもよく好かれているし、こうして子供と遊んでやっている姿もよく見かける。
(……今なら渡せそうだ)
懐から布に包んだままの簪を取り出し、再び魔女の方を見る。少し前まで庭に座り込んでいた子供たちが、魔女の傍に駆け寄っていくのが目に入った。
「魔女さま、これどうぞ!」
エリーが差し出したのは花で作られた冠だ。今日はヴェールを被っていない魔女が、微笑みながらそれを受け取って頭に乗せた。元から花で出来た帽子のような飾りを被っている彼女だが、花冠はそこに違和感なくなじんでいる。
「ヴェールも素敵ですけど、やっぱり魔女さまに一番似合うのは花ですよね……!」
子供特有の高い声は離れた場所に居てもよく聞き取れる。ノエルの言葉に、レオハルトは思わずぐっと手に力を込めてしまった。
たしかにそうだ。花の魔女には、本物の花が一番似合う。まるで植物の化身のような女性なのだから、余計な装飾品など渡されても困るだけかもしれない。
ふと、強く握りすぎていたかんざしに違和感を覚えて布から取り出す。……軸が折れてしまい、とても贈り物には使えそうになかった。
(こんなものを贈っても迷惑なだけか。……やめておこう)
日の光を反射してきらめくかんざしを、突如急降下してきた鳥が奪い取っていった。手元に残ったのは折れた先の軸だけで、飾り部分は持ち去られてしまっている。追いかける気も起きず、用事が無くなってしまったレオハルトは踵を返して宿へと戻った。
「あ、隊長おかえりなさい。……ちゃんと渡せました?」
「……いえ、色々ありまして」
「あー……いや、そんなこともありますよね。でも、いつでも機会はありますから」
部下がいたわしそうな目で慰めの言葉をかけてくる。機会も何も、贈ろうと思っていたものは失くしてしまった。今頃あの鳥の巣に持ち帰られて、巣材にでもされていることだろう。……折れた軸は何となく捨てることもできずに、自分の荷物の中にしまってある。ただのゴミなのだから捨てればいいのに、何を惜しんでいるのだろうか。
(……いや、感謝したい気持ちが無くなった訳ではない。恐らくそのせいだな……別の物を贈ればいい。魔女殿なら……植物関連の方が喜ぶかもしれない)
今度こそ彼女が喜ぶものを。そう考え直したレオハルトは、魔女自身かノエルに彼女の望むものを聞こうと後日、魔女の家を訪れた。
すると魔女の髪に先日鳥に奪われたかんざしが飾られていることに気づいて、息を飲む。
「魔女殿、その髪飾りは……」
従者の少年がいる場だからか、声を発さない魔女はいつものように優しく笑うばかり。ほんの少し頭が傾いたことで光る雫が流れて美しい。……本当によく、似合っている。
(……もしかして、お見通し……か……?)
あの時、遠目でもレオハルトの姿に魔女は気付いたのかもしれない。そして贈ることを諦めたかんざしを、取り戻して受け取ってくれたのだろうか。
「……とてもよく、お似合いです」
何とか絞り出した声が少し震えた。心臓の鼓動も早く、体が火照るようで、むずがゆい。微笑むばかりの花の魔女があまりにも輝いて見えて、眼帯で隠していない方の目が潰れそうなくらいだ。
『紫ちゃんが眩しくて仕方ない。知ってるかレオハルト、好きな女は眩しく見えるんだぞ。お前も恋すれば分かる、みんな同じだ』
……そんな同僚の言葉を思い出したが、一緒にしないでほしいと思った。
一緒だよ
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