39話
私の姿をなめ回すように観察したデザイナーの女性、クエリは非常に満足したと言いながら、ノエルに似合う服を見繕ってくれた。大銀貨一枚からの子供服を複数と私のヴェールも無料でプレゼントしたい、と差し出すくらいには大喜びだ。……私が解放されたのは彼女がノエルに付きっ切りで服を選んでいた時くらいである。
「まるで作り物かというくらい整った芸術的肉体をたっぷり観察させていただいたので、本当にお代は結構です。ここまで優しく笑って受け入れてくれる女性はなかなかおりません。いやぁ、ありがたい、眼福眼福。しばらくデザインの発想が湧きまくる気がします」
(全然受け入れてないけどね……!?)
私は恐怖で叫んでいただけだが、ずっと笑って許しているものだと思われたようだ。ノエルが同調するように「魔女さまはお優しいから」と頷いているけれど、私はただのマンドラゴラなので非常に怖がりなだけである。
クエリの店を可及的速やかに離れ、別の店を覗こうとした時だった。ふと、数人の人影が見えてそちらに目を向ける。
「調査が魔物討伐に変わるなんてついてなかったな……今日はせっかく市をやるって聞いてたのに」
「まだ昼ですし市は終わっていません。……その身なりを整えてからでなければ、村民の皆さんにご迷惑をおかけします。先に戻って着替えてくるといいですよ」
「いいのか? ……じゃあ急いで着替えてくるわ。レオハルト、お前も無理せず休めよ?」
レオハルトとリッターと他二名の騎士たちだ。どうやら村の外に魔物がいて、それを退治してきたところらしい。騎士団の宿までの帰り道で通りがかったのだろう。この店は広場の端にあるので、ちょうどばったり出会ったのである。
(うう、怖い怖い。私は討伐対象にならないようにしないと……っ)
私が見ていることに気づいたのか、レオハルトと目が合い、一礼された。その動きは少し緩慢で、いつものような機敏さが見られない。……もしかして怪我でもしているのではないだろうか。
(怪我をしているなら善良な魔物としては放っておけないよね。私、善良だから。全然危険物じゃないからね)
そう考えながらレオハルトに近づくと、彼は驚いたような顔でじりじりと後ずさった。明確に避けられている。……これはショックだ。今まで彼は私に対してとても親切で好意的だったのに。
(え、なんでそんな逃げるように……私の魂胆バレバレ……ってこと……!? それともついに私の正体が……ッ)
「……レオハルトさん、すごい臭いですけど……何か浴びたんですか?」
下心を見抜かれたのかと焦ったが、 随分後ろの方からノエルの声が聞こえた。私は嗅覚が鈍いけれど、ノエルは近づけないほど悪臭が漂っているらしい。……なるほど、それが原因か。たしかに刺激臭はするのだが、魔境にいた時は日常的にあったような臭いなので左程気にならなかった。
「申し訳ございません。討伐の際、魔物の毒の体液を浴びましたので、その、酷い悪臭かと……」
(毒を!?)
「大した怪我はありませんし、手持ちの解毒剤もありましたので心配なさらないでください。浄花の水場で軽く洗いはしたのですが防具に染みた毒もありますし、近づかれない方が……」
(それは大変だよ……! 解毒しないと!)
レオハルトは私にも優しい協力者だ。なんだかんだと都合をつけて一緒に誤魔化してくれる彼がいなくなっては困る。
軽く駆け寄ってレオハルトの手を取った。洗い流したと言うだけあってあまり汚れているように見えないが、毒が残っているからノエルが悪臭として嗅ぎ取ったのだろう。
「ま、魔女殿……!? 何をなさるんですか、危険です……!」
驚いて固まるレオハルトの手をぎゅっと握った。人間と違って私は毒物に強い。しかし人間は毒ですぐ死んでしまうのだから、無理はしない方がいい。解毒剤を使っていたとしても、実際動きに支障が出ていて本調子ではないはずだ。
(大丈夫、浄花を使えば簡単に毒だけ取れるから……)
浄花は汚物や毒物を好んで吸収し分解する。ゾンビのような全身腐敗した魔物なら寄生しその体を吸い尽くすけれど、普通の生き物相手には寄生できない。
握っている籠手の部分から浄花を生やし、鎧や皮膚に付着した毒を吸収させる。もし傷があればそこに付着し体内に侵入した分も吸収してくれるのだ。そのあとは一気に花を枯らせてしまえば邪魔にもならない。
(まあ、でもこんな使い方ができるのは私くらいだろうけど……)
浄花は毒を栄養として育つが、その成長速度は遅い。私のように一気に栄養を吸わせて育てる方法が使えるのは、そういうスキルを持っているか魔法が使える者だけだろう。
レオハルトの鎧の隙間から浄花がちらちらと顔を見せ、彼は一瞬とてもファンシーな姿になった。浄花が吸う栄養分がなくなり、私の魔力だけを頼りに成長する段階に入ったら、花を枯らせる。
これで毒となるものは取り除けたはずだ。一応後ろの騎士たちもとそちらに目を向けると、慌てたように首を振った。
「あ、自分たちは問題ありません。レオハルト隊長は呪い無効の体質のため、いつも先頭に立たれて……毒を浴びたのは隊長だけです」
(ひええ……普通の人間なのによくやるなぁ……私は相手が自分より弱いと分かってても戦うのは怖いのに)
絶対に勝てるような戦闘であっても悲鳴を上げながら敵を倒す私からすれば、私よりも弱い人間が自ら先陣を切って魔物に立ち向かうのはとても勇気のいる行動であると思える。レオハルトはかなり精神が強いのだろう、それは見習いたいというか、その心の強さを分けてほしい。
私もメンタルが強靭なマンドラゴラになりたい。そう思ってレオハルトを見上げると、彼は何故か私から視線を逸らしてしまった。
(嫌がられてるわけではなさそう……?)
ヴェール越しだと微妙に相手の表情などが読み取りにくい。もうクエリの店は離れたし、怖い人間がいない時は外していてもいいのかもしれない。……たとえばそう、ニコラウスが来た時などはこれで防御したい。別に何も守れる訳ではないが、気持ちの問題だ。このヴェールが心の壁のようなものである。
「魔女殿。……ありがとう、ございます。……その、おかげでもう体の違和感はすっかりありませんし、そこまで心配なさらなくても……」
(……あ、忘れてた。ごめんごめん)
レオハルトの手を握った格好のままだったことを思い出し、言い出しにくいので遠回りにそれを伝えてくれただろう彼に内心謝りながらその手を放した。……ヴェール越しで分かりにくいが、ほっと安心されたような気がする。いつまでも手を離さない変態のように思われていたかもしれない、どうしよう。
「……このお礼は、後程必ず」
(あ、別に変な風には思われなかったっぽい……? でもそんなに気にしなくていいのになぁ……)
ゆるゆると首を振る。私も善良な魔女アピールをしつつ協力的な人間を失いたくなかっただけで、見返りなど求めていない。
ひとまず毒の心配が要らなくなった騎士たちは、砂や泥で汚れているので宿へと戻って着替えてからまた市を見に来る予定らしい。
「リッター隊長は全く理解できませんがレオハルト隊長の気持ちは分かります。魔女殿って本当に魔女って感じしますよね……」
「……余計なことは言わなくていいですから。早く着替えて皆で休憩に入りましょう」
そんな会話をしながら何やら楽しそうに帰っていく騎士を見送っていたら、入れ替わるように着替えを済ませたリッターが戻ってきた。その肩には紫株が腰かけていて、おそらく宿にいたところを連れてきたのだろう。
「俺が君に似合うものを必ず見つけてあげるからな、紫ちゃん……!」
リッターの言葉に反応するように、彼の頭にしなだれかかる紫株。それに奇声を上げて喜ぶリッター。
私は先ほどの騎士の言葉を思い出し、リッターが全く理解できないという部分に激しく同意した。……私は彼の精神や未来が心配でならない。
毒に汚れて悪臭がするのにためらいなく手を取って魔法を使い癒そうとしてくれる、なんて野菜しい魔女なんだ……
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あと書籍にはあとがき一言っぽいものも入れられそうです。厳選します。




