38話
市場の中でも装飾品や服、そして生地の店が女性に人気のようだ。金銭的に余裕ができたので、皆おしゃれに気を遣いたいと思っているのかもしれない。
(既製品の服でも子供服は多いけど、ちょっと高いのかな)
文字が読めない村人のためか、値段の札は文字ではなく貨幣の色の絵で表している。銅色が三つ並んでいれば銅貨三枚、大きい灰色が一つで大銀貨一枚という具合だ。これなら文字が読めない私にも分かりやすい。
生地は銅貨数枚から選べるのに対し、服の既製品となると銀貨へと変わる。裁縫ができるなら自分で作った方が安いのだろう。まだ子供のエリーも生地の店で真剣に布を選んでいた。
「あ……魔女さま、ノエル、こんにちは!」
「ん、こんにちは。……服を作るのか?」
「うん。可愛い服を着て踊りたいんだ、この子と一緒に。魔女さま、この子に服を作ってあげてもいい?」
エリーの影からひょっこりと黄色の布をまとったマンドラゴラが顔を出した。黄株はエリーの家を頻繁に訪れており、どうやらこの少女と仲良くすることにしたようだ。
その作戦が功をなしたのか、エリーは子株に全身黄色タイツではなく他の服を着せたいと考えている。
(でも触ったら危ないから……この服を脱がせるのはだめ)
黄色の子株を持ち上げてその服の布を指し、軽く引っ張ってから首を振る。エリーは私の動作の意味が分からず首を傾げたが、ノエルはじっと私の様子を窺いながら少し考えて口を開いた。
「あ、マンドラゴラってちょっと魔力を吸う特性があるんですよね。だからこの服を脱がせて違う服だと危ないし、ダメってことですか?」
(さすがノエル。エスパーの称号をあげたい)
その通りだとノエルの頭を撫でると彼の尻尾が嬉しそうに振られた。そういえば、彼の服は私が作った質素なものだ。せっかくなのでこの機会にちゃんとした人間の服を買ってあげようと思う。
「じゃあ、その服の上から新しい服を着せてあげるのはだめ?」
(ああ、それならいいかな。別に危なくないし、マスコット感が増してよさそう?)
子株たちは魔物であるマンドラゴラのイメージ向上のために存在している。監視カメラの役目も果たすが、村人たちに危険のない魔物もいると友好的に受け入れられる目的が一番強い。実際、彼らは村に馴染んでいるし、エリーが服を着せたがっているのはいいことだ。ペットに服を着せるような感覚だろう。
「じゃあヒカリちゃんのこの服に合う布を選ばないと! どれがいいかなー?」
黄株はエリーの言葉にこてりと首を傾げながら、布の前に立って色合わせに付き合うことにしたようだ。……それにしても「ヒカリ」というのはこの子株の名前だろうか。
「それヒカリって名前つけたのか?」
「うん。明るい黄色だから! ……だめだった?」
(別にいいんじゃないかな。黄株も受け入れてるみたいだし……あだ名みたいな感じで)
紫株だって「紫ちゃん」と呼んでいる人がいるし、それぞれ勝手にあだ名をつけて呼ぶ分には構わない。……そういえば私も名前がない。皆が「魔女」と呼ぶのでそれが名前の代わりになっていて、全く困っていないからだろう。
(名前に執着もないしね。……人間じゃないせいかなぁ)
自分の名前を少し考えてみたが、この世界は人間の名前が和名ではないので良い案が浮かばない。黄株の例を考えるとペットには和名っぽいものをつけるようだが。
自分の特徴を考えると、フラワーさんのような名前になるのだろうか。……ネーミングセンスが壊滅的すぎていけない。名前を付けたところで名乗る相手もいないし、魔族は名前を名乗らないもののようなのでこのままでも特に支障はないと思う。だから余計に必要だと思わないのかもしれない。
「わたしたちで村の人気者になろうね、ヒカリちゃん! 服を作ったら歌って踊ろうね」
(アイドルみたいなものかな? 子供らしくてかわいいね。……でも子株に歌わせるのはダメだからね)
熱狂コンサートではなく絶叫コンサートになってしまう。観客は喜ぶどころか永遠に寝転ぶことになるだろう。改めて「絶対に声を出さないように」と子株へと命じ、私たちは隣に出店している服の店を覗くことにした。
様々な年代の服から小物、装飾品まで扱っている店だ。デザインが豊富で、目が楽しい。その中から子供服、とくに男子向けのものを見ているとノエルが気付いたらしく、慌てたように声をかけてくる。
「魔女さま、まさか俺にこんな高い服を買うつもりですか……!?」
(でも、私が作ったのだと質素すぎるっていうか……ちゃんとした人間の服を選んだほうがいいよ。それにノエル、ちょっと大きくなってるよね)
私が作った服ではすぐに小さくなるだろう。身長を示すためにノエルの頭の高さあたりで水平に手を動かすと、彼はしょんぼりしてしまった。
「魔女さまが作ってくださった服、とても嬉しかったのでずっと着たかったです……」
そんなことを言われてしまうと新しい服を勧めにくい。まさかこんな質素な麻布のような服をそこまで気に入っているとは思わなかった。
しかし服は消耗品、特に成長期の子供の服なんてすぐにサイズが合わなくなるものだ。私はしばらく考えて、ぽんと手を打った。
(帽子を作ってあげよう。それなら服より長く使えるよね)
早速多様化のスキルで、村の主な食糧である麦を作り出しそれを編む。自分で作った植物なら水分を抜くのもたやすいので、そうして麦わら帽子を作った。ノエルの耳に合わせて穴をあけて耳を出せるようにして、それだけではシンプルすぎるので鮮やかな花を咲かせて帽子を彩る。
生花は本来なら枯れてしまうものだが、私が傍で管理すれば枯れさせないことも可能だ。花の種類だって変えられる。……私の従者をしているノエルの特権である。
そんな帽子をノエルの頭に乗せてあげると、彼は頭の上のそれにそっと触れながらキラキラとした目で私を見上げた。
「魔女さまとおそろい、みたいですね……えへへ、ありがとうございます! あの、じゃあ、この帽子に似合う服を選びます!」
(うんうん。それがいいよ)
笑顔になったノエルは自分で服を選び始めたので、それを見守っていると服屋をやっていた女性の商人が素早く近づいてきた。何かまずいことでもしたかと身構えたが、怒っている様子ではなさそうだ。
「村の魔女さま…………貴女は、お美しいですね……! 見ているだけで、どんどんインスピレーションが湧きます!」
ぐいっと顔を近づけられて思わず悲鳴を上げた。驚きのあまり固まっていたのでのけぞることはしなかったが、彼女のぎらつくような目には恐怖を感じてしまう。獲物を見る目にしか見えない。
「包容力のある穏やかな微笑み! 芸術品のような完璧なスタイル! そしてその体を彩る生き生きと咲き誇る花……! 生花を服に取り入れるなんて実に素晴らしい、花の魔女にしかできないオシャレ! 観察させていただけませんか!? そうしたら服のお代は結構ですから!」
(ひぃっ!! 何この人怖いよぉぉ……!)
「ああなんて美しい笑顔! ご快諾ありがとうございます!」
私は快諾などしていないが、怯えて叫んだせいでそう取られるような笑顔を浮かべてしまったらしい。彼女はあらゆる角度や距離から、私の周囲をぐるぐると動き回り舐めまわすように観察し始めた。あまりにも怖くて悲鳴が止まらない。
「生地でどうにかこの花の生命力を表現し、花を飾る服を流行らせたい! 流行らせたい……!」
どうやら彼女は既成の服を流通させるのではなく、服を作って売るタイプのデザイナー兼商人のようだ。おそらく、いやかなり趣味が入っており、熱量が異様なのであろう。
(悪気無いのは分かるけど怖い怖い怖い! 何かせめてちょっと隠れられるものない……!?)
私は店に売られていた商品の中に、ヴェールがあるのを見つけて手に取った。かなり薄い生地で向こう側が透けて見えるようなレースのヴェールだ。
あまりにも服商人の彼女が怖かったため、少しでも顔を隠せないかとそれをつけるとバチンと大きな音がして、小心者の私はまた大きな悲鳴を上げる。……大きな音は喜んだ彼女が手を打ち鳴らした音だったようだ。彼女は興奮気味に早口で話し始めた。
「ヴェールの向こう側に透ける神秘的な微笑み! 妖艶さすら感じます! 艶やかでたまらん……小物だけでなく私の服も着てほしい……ああでも、この瑞々しい花の美しさは私にはまだ作り出せない……! ああ、魔女さまの従者の少年も、色々飾って隣に並んで美しく整うようにしたい……っ」
――これが、のちに大きな流行を生み出す天才デザイナー、クエリとの出会いであった。
艶やかっていうか、艶やかっていうか、艶々の根菜っていうか……おおきなカブが引いてますよ、勘弁してあげてください
いつの間にか総合ポイントが九万を突破していました…わァ…ぁ…!
いつもたくさん応援くださってありがとうございます、励みになります…!
書籍の方も順調に進んでますので、収穫できるまで成長をお待ちいただけると嬉しいです。




