5話
あれからどれほど日が過ぎただろうか。呪いの人形の姿から、ようやく私は人として見られる姿へと変化した。
ただし頭に生えたマンドラゴラの花はどうしても外すことはできなかったので、他にも花や植物を生やし、花で彩られた帽子を被っているように見せかけている。マンドラゴラの花だけでは訝しまれるかと思い、別種の植物も生やせるように願ったところ「多様化」というスキルを手に入れた。「取り込んだことのある植物」であれば、自分の魔力を消費することでいくらでも生やせるというものだ。
(スキルを覚えると進化ポイントを10も消費するから、びっくりしたけど……ポイント足りてよかった)
進化ポイントはレベルアップをするたびに1ポイント増えるもので、魔物はこのポイントで自分を強化しているようだ。……人間の見た目になるために何十というポイントを消費しているのは私くらいのものだろう。
あれから何度か戦闘にもなって、気が付けば私のレベルは99まで上がっていた。
【種族】マンドラゴラ(特異)
【レベル】99
【体力】A
【魔力】計測不能
【スキル】拡散声 薬物生成 ステータス表示 多様化
【進化ポイント】32
【説明】
竜血で育ち、ふんだんに魔力を含んだ最高級のマンドラゴラ。材料とすればどのような薬でも作成可能だが、数多の魔物を栄養分とし強大な力を得ており、捕獲は不可能。
その声を聞けば呪いによる死が待っているため対策必須。人間に擬態した姿で油断させて近づいてくる上に、声を拡散させる能力で目視できない距離からも攻撃してくる。
様々な植物を再現、その成分を抽出することで数多の薬物を作り出し、状態異常攻撃を仕掛けてくる。呪い、状態異常共に万全の対策がなければ対峙するべきではない。
人類の脅威、災いの魔物。あなたが勇者でない限り、命を守るために今すぐ逃げ出すべきだろう。
(うーん……すごい……悪役みたいな説明になっちゃったな。っていうか誰に語り掛けてるんだろう、この説明文……それに見た目は結構綺麗な人間になれたと思うんだけど、怖いかなぁ)
蓮の花の池を覗き込む。モネの池にも似た美しい池なのだけれど、この蓮はとんでもない毒性を持つ花で、水の中に生き物はいない。そのせいか非常に澄んで美しい水なので、自分の姿もよく見えるのだ。とはいえ本物の鏡のようにはいかないけれど。
前は呪いの人形のざんばら髪にしか見えなかったのに、今やゆるやかなウェーブを描く艶やかな髪(のように見える蔦)へと変わっている。緑から桃色へとグラデーションが掛かっているのは、蔦本来の色なので仕方がない。不思議な雰囲気を醸し出しているが、これくらいなら許容範囲だろう。髪を染めていると言えばいいのだから。
背の高さも見かけた人間を思い出しながら調整した。1ポイントで大きくなれる高さには限界があったので、10ポイントを消費してようやく見かけた人間より頭1.5個分ほど小さい身長になれた。これ以上はさすがにポイントがもったいないので諦めたところだ。もしこれでも人間の女性として不自然なほど身長が低ければ、ヒールの高い靴などで誤魔化せばいいだろう。もうレベルが上がるとも思えないし、ポイントはできるだけ残しておきたい。
(まあ……人の高さになった時は、呪いの人形から呪いのマネキンみたいになってそれも怖かったけどさ……)
怪物を倒すゲームの廃れた商業施設などで襲い掛かってきそうな怪異とでも言い表せばいいだろうか。進化の途中はとてもじゃないが人には見せられない姿だった。
そこから肌の色を調整、水かきを取り、手足や顔のパーツを調整してようやく人間らしい姿になったのだ。これだけで10ポイント以上は消費しただろう。多少不自然な部分は服を着たり、花を咲かせることで誤魔化せそうな範囲に収まった。
(服も……うん。水鏡で見る限りは、悪くないね)
はっきりと女性らしい凹凸のある体で人らしい姿になれた時、服をどうするべきか悩んだ。そして「ないなら作ればいい」という考えに至ったのである。何せ、植物なら私は自由自在に生み出して操れるのだ。服にも植物性のものはあるし、それを再現すればいい。
まずは森の中を歩き回りあらゆる植物を摂取し、服を作るのに最適なものを見つけ出す。それを頭の上に生やせば自在に変化させられるので、植物の繊維を編んで服を作り上げたのだが。……まあ、その、人間の髪の毛と違って蔦には痛覚があり、一つや二つ、せいぜい十の繊維ならともかく、何百何千とおりかさなった細かな蔦をちぎるのはかなり痛かったので、分離するのは断念した。
結局着ている服はうなじのあたりの髪と繋がっている状態である。髪の量も増やして腰のあたりまでの長さがあり、絶対に見えないので問題ないだろう。
(素肌の露出は極力避けないとね。……触ると吸っちゃうし)
体のラインに沿って作ったワンピースはシンプルで淡い緑だ。飾り気が足りないので、適当に花を生やして飾ってみた。……うん、やたらと花をつけているが人の範囲に収まっている。余程花好きなのだと思われるくらいで済むだろう。
そして何より重要なのが手袋だ。ワンピース部分と繋がる形で指先まで覆い、根の部分を露出しないようにする。どうやってこの服を着たんだと不思議に思われそうだが、肌を出すのは怖い。
蔦越しにすることで触っても相手からエネルギーを吸わないようにできるというのは、魔物の死体で証明済みだ。かなり独特のファッションの人になったが、重要なのは人間と上手く暮らしていけるかどうかである。変わり者だと思われるくらいなら問題ない。……誤って人を殺すよりずっといい。
(叫び声の対策もしたし……これで、人間に混ざっても大丈夫なはず)
マンドラゴラという種族故か、私は非常に小心者でビビリなのだ。本当にちょっとしたことで叫んでしまう。そのため、不用意に叫ばないように声を出す器官に蓋を作っておいた。これは私が意図して声を出そうとしない限り閉まっていて、勝手に叫ばないようにするためのものだ。……まあおかげで、魔物に襲われてびっくりした途端に声の反撃、ということはできなくなったのだが。人を殺してしまうよりマシである。
その上、叫んでいる時この蓋は強く閉まるようにできており、顔のあたりを引っ張られるようで笑顔に固定されてしまう。私が叫びたい心境の時は内心とは裏腹に、にっこりと笑ってしまうという仕様だ。……まあたぶん、そこまで悪影響はない、と思いたい。
(これでよし、人の国を目指して出発!)
そもそも人間の国が何処にあるか分かっていないので、行く宛はあってないようなもの。とりあえずここは高地にあるようなので、川沿いに歩いて下っていくことにした。人間は水がないと生きていけないし、川の近くに集落を作ることが多い。……この世界の人間が元の世界と大きく変わらなければ、集落くらいにはたどり着けるだろう。
(人間にあったらまずは…………挨拶?)
いけない、人との接し方をすっかり忘れている。そもそも叫ぶばかりでまともに話していなかった。少しくらいは話す練習が必要かもしれない。
小川に沿って歩いていた私は、茂みからこちらの様子を窺う兎がいることに気が付いた。兎とはいっても魔物の一種で、茂みから独特の形をした角が隠し切れず覗いているため「そこに居る」ということが分かったのだ。練習がてら、私はその兎に向かってできるだけ優しい声で話しかけてみる。
「あら、どうしてこんなところに?」
いや、違うな。まずは「こんにちは」などの挨拶が適当なはず。やり直そうと口を開くより先に、角がぱたりと横に倒れていくのが見えた。
(え。……叫ぶんじゃなくて、喋るのもだめ?)
マンドラゴラの叫び声には気絶か即死の効果がある。てっきり、叫ばなければいいのだと思っていたがそうではなさそうだ。
あの兎が死んだふりをしている可能性はなくもない。この声で死んだ者は胸元が黒く染まるので、一応その確認をしてみようと茂みに近づいた。……これで兎が死んでいたら、私は人前で喋れないことになってしまう。
「放って、おいて……くれ……」
すると茂みの向こう側に、血まみれの人間が倒れ込んでいた。……あれ、この人私の声を聞いたんじゃ? まずくない?
どう考えても最終ダンジョンのボス個体です
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