34話
鏡を貰ったその日はもう疲れて気力がなかったので、翌日。ノエルにレオハルトを呼んでもらうことにした。
レオハルトの分かりやすい特徴は眼帯だ。左目を手で隠しながら自分の顔をちょいちょいと指してノエルに見せると誰のことか理解してくれた。
「レオハルトさんにご用ですか? 呼んできましょうか?」
(うん、お願い)
「分かりました。すぐに行ってきます!」
一応紫株にもレオハルトを連れてくるように命じておいたが、ノエルが呼んでくれるなら確実だ。迎えに行ってくれたノエルを見送って、客人が来る前に私は少しだけ家を改造することにした。
(見た目にはあんまり変わらないけどね)
家の壁に触れ、その壁伝いに植物を生やす。元から家の壁にはツタを這わせているので、そこに別の植物を追加する形だ。
使うのは私の声を塞いでいる蓋の部分や、音無し草という植物である。どちらも振動を吸収してしまう性質を持つため、これをたくさん生やしておけば家の中の音が外に漏れなくなるという寸法だ。
ただし生やしすぎると音を吸収しすぎて室内でも何も聞こえなくなるので加減が必要である。何度か調整を繰り返した。
(これくらいかな。一応確認しよう)
家の中でわざとヒールの踵をぶつけて音を出し、多少音が小さくなっていてもそれが消えていないことを確認する。
その後家を出て扉を閉めたら内側の植物を操って音を立てた。鈴蘭に演奏をさせるのが分かりやすいため、音楽を奏でさせる。……命令は伝わっているはずだが何も聞こえない。
(うん、何も聞こえないね)
扉を開ければちゃんとクリスマスのテーマに似た曲が流れている。これで我が家は無事、防音構造となった。
「魔女さま! レオハルトさんを連れてきました! わざわざ外で待ってらしたんですか?」
その時ちょうどノエルが駆け戻ってきた。お使いを終えて嬉しそうにしている彼の頭を、礼を込めて撫でる。こうして褒めるとノエルは尻尾を揺らして喜ぶからだ。
(ん? ……ちょっと頭の位置が高くなってるような気がする)
成長期だろうか。栄養を取って背が伸びたのかもしれない。しかし子どもが育つのは良いことだ。これからもたくさん食べさせて大きくしよう。……ちょっとお菓子の家の魔女っぽい思想になったが、私は悪い魔女ではないのでノエルを食べる気はない。
「魔女殿、どうなさいましたか?」
続いて紫株を片腕に座らせているレオハルトがやってきた。その紫株について彼に話があるのだ。
ただし彼以外に声を聞かれては困る。ノエルの肩を叩き、暫く外にいてほしいことを伝えるために庭の方を指した。
「……朝から呼ぶくらいだから、大事な話ですよね。分かりました、俺は外で仕事してます!」
(うんうん。さすがノエル……察し方がエスパー並みだよ)
庭の方に向かってノエルが駆けていく。どこか緊張した面持ちのレオハルトには安心させるように笑い掛けながら手招きして家の中へと入ってもらった。
彼が肘を曲げて座る場所を作ってくれているため、その上で足を組みセクシーさを演出している紫株をひょいと持ち上げる。
(万が一にも外に声を漏らしたくないし、こそこそ話した方がいいよね。でもレオハルトさんは背が高いんだよなぁ)
これでは声が届きにくいだろう。部屋の中へ進み、テーブルに紫株を置いたら椅子を引いてさらに手招きする。彼は戸惑ったように「ここに座ればよろしいのでしょうか……?」と尋ねてきたので頷いた。
レオハルトが椅子に座ったことでようやく彼の頭が私より低い位置にくる。動かないように右手を肩に置いて押さえ、決して顔の部分が触れないように左手を彼の耳に当ててそっと顔を寄せた。内緒話をするならこうして耳に手を当てていてもおかしくはない、まさか手で物理的に距離をとっているとは思うまい。
「お願いがあるの……」
「っ……」
「リッターさんに……紫株との接し方を考えてほしいと……伝えてほしくて……」
実際多少吸われる事故も起きているし、危ない。しかし危ないから触るな、といえば危険を容認していることになるため言い辛い。悪い魔女だと思われては困るのだ。
できるだけ小さく囁くように話しかけているので声が震える。周囲には音を吸収する植物があるのに、それでもはっきりと聞こえるのだから拡散のスキルの効果が強いのだ。しかしこの程度なら外には漏れないだろう。
(さすがにこれを身振り手振りで伝えられないからね。かといって紫株に距離を取らせるのもなぁ)
せっかく無害アピールが成功しているのだ。これからも適切な距離で安全に付き合ってもらいたい。
言いたいことは伝えたのでゆっくり離れる。しかしレオハルトは何故か眼帯をしていない目まで覆いながら俯いてしまった。
「……承知、いたしました」
(様子が変だけど……まあ伝わったならいいか。紫株も接触には気を付けて、人間を吸わないように)
リッターを吸ったせいか葉の艶がいい紫株は、足を交差させた妙なポーズを決めながら敬礼で肯定を示した。……余計なことを色々と教えられているのがよく分かる。リッターは趣味が悪いと思う。
「魔女殿、用件は以上で……?」
(うん。それだけ)
「……では、そろそろ失礼いたします」
(あ、そっか仕事中のはずだよね。ありがとう、こんなことで呼び出してごめんね。お土産にノエルが作った妖精飴のジャムでも持って行って……)
せっかく来てもらったのでお茶でも出そうかと思っていたけれど、すぐに帰ろうとするということは勤務時間なのだろう。呼び出して悪かった。
ならばせめてとカラフルな妖精飴のジャムをレオハルトに持たせ、軽く手を振る。彼は困ったように笑い「また何かありましたらいつでも呼んでください」と言って帰って行った。その後ろに紫株が続いているので、また騎士団の宿に行くつもりらしい。
そんな背中を見送っていると、ノエルが畑からとてとてと戻ってきた。
「お話はもう終わったんですか?」
(うん。本当にちょっとした用事だったんだ。わざわざ来てもらって悪いくらい)
「……魔女さま、レオハルトさんに何かしました? なんだかちょっと様子が変だった気がします」
(何もしてないけど……?)
呪い無効の彼には私の声の攻撃は効かないはずだ。……それでも何かしらの影響が出ていたら怖いので、レオハルト相手でもあまり話さない方がいいのかもしれない。
しかしレオハルトはちゃんとリッターに伝えてくれたらしい。さらに翌日、リッターを連れて挨拶に来た。
「魔女殿、リッターが話をしたいと。……しかし魔女殿がご不快なら拒絶して構いません」
(いやいや、いいよ別に。怒ってる訳じゃないし)
一度離れた場所で待機させ、私の許可を得てから連れてくるという徹底ぶりのレオハルトは、私がリッターに対し怒り心頭だと思っているのかもしれない。
そんなレオハルトに連れてこられたリッターは、顔を合わせてすぐにがばりと九十度の深い御辞儀をした。
「申し訳ありません、魔女殿。……でも俺、紫ちゃんのことは遊びじゃないんです……これからは節度を守りますので、どうかご容赦ください」
ちょっと何を言われたか分からなくて固まった。内心では「え!? 何!?」と混乱で叫びまくっているが、それが表に出ることはない。
私の代わりに隣にいたノエルが心底心配そうな顔をしながら私の服を軽く引っ張ってくる。
「魔女さま……この人、治してあげたほうがいいのでは」
「……薬が無駄になるかと。さすがにこれは魔女殿にも治せるものではないでしょう」
つける薬のない病とは、もしかして本当に恋の病なのだろうか。しかしリッターの相手はただのマンドラゴラである。……病の恋の間違いかもしれない。
とりあえず下手な接触をしないことは誓っていたが、もうリッターは後戻りができないところまで進んでしまっているような気がした。
魔性の女っていうか魔草の女だよね……いや女でもないか雌雄同体だから
次回あたり株主再登場したいですね
ハイファン四半期一位、総合でも三位にランクインしてました。いつもたくさん応援いただけるおかげです、ありがとうございます…!




