33話
(皆のプライバシーの侵害が……あ、でも家の中の風景はないね。街中監視カメラみたいなものだと思えば、まあいいか……な……?)
子株たちの記憶映像は、本物の監視カメラのように常時すべてが記録されている訳ではない。何事もなくただ変わりない風景は覚えてないようなのだ。村の出入り口を監視させている時の記憶など特にその傾向が分かりやすく、誰かが出入りした時だけを覚えている。……動くものを検知して記録を開始する監視カメラに近いと思う。
(村人との交流とかは覚えてる感じだね。誰に話しかけられたとか、誰が自分の事を気に入ってるかとかは気にしてる)
記憶によると子株たちはそれぞれ仲の良い人間というか、可愛がってくれる村人がいて、そういう人間に自ら構われに行こうとする。餌をくれる人を覚えている猫のような行動だが、これも無害であることをアピールするための戦術なのだろう。……つまり、取り込みやすそうな人間から取り込もうという作戦だ。リッターなどが分かりやすい例である。
他の子株たちは紫株の行動に影響されたようで、それぞれ個性を伸ばそうと考えているらしいことが分かった。
(まあこっちはあんまり問題ないか……無害アピールになるもんね)
これは抑制しなくてもいいだろう。子株たちに任せておけばそれぞれ個性を見せ始めるはずだ。
風呂桶の水が少なくなってきたので、水風呂を出て服をまとう。蔦を使って桶をひっくり返し、残った水と枯れた花弁を流した時、ふと川に流れる白い花弁が目に入った。
(ん? ……なんだか浄花の花びらが増えてるような?)
浄花は魔境付近までこの川沿いに伸びている。毒や腐敗物を分解すれば花が咲いて散るため、魔境の影響もあって川にはいつもこの白い花弁が流れていた。
ただその量が増えたような気がする。……今がたまたまかもしれないけど。
(強い毒の魔物でも生まれたのかな。怖いなぁ……)
やはり人間の村で平和に暮らすのが一番だ。そのためにもリッターの奇行は止めなくてはならない。このまま吸われて死んでしまっては困る。
(レオハルトさんと話すにも他の人は近くにいない方がいいんだよね。私の声、拡散するようになってるから……)
この世に生まれて最初に取ったスキルが【拡散声】である。オート発動系のもので、私の声は広がりやすいのだ。まあこの声のおかげであの山で生き抜けたのだけれど、人間と暮らす時には必要がない。とてもじゃないが人間にこの声を聞かせることはできないからだ。……唯一、レオハルトを除いて。
(なんかこう……防音室みたいなのが作れないかな。そこにレオハルトさんを招いて……)
音を吸収する植物や、私の声の蓋となっている部分で壁を作る。そうして小さな部屋を作れば密談ができるだろう。見た目には植物製の籠のような形で、トピアリーであると考えればそこまでおかしなものには見えないはずだ。……私的には体内に人間を入れる気分になるが。
やろうと思えばできると思う。だが、私は気づいた。密室に男女が二人きり、となればどう思われるか。正確に言えば私は女ではなく両性の体だが、人間から見れば男と女なのだ。
(レオハルトさんに迷惑をかけるね! やめとこ!)
やはり人払いをして、小声で話すくらいにしておこう。ひそひそと声を落として話せば、そこまでの距離には拡散されないはずである。せいぜい目に見える範囲くらい、のはず。十分注意して周囲に人間がいないことを確認したうえで内緒話をすればいい。
そう考えながら家の表口に戻ると、ノエルと共にイライが待っていた。
「あ、魔女さま。ちょうど今、商人が用事があるって訪ねてきたところで」
「どうも、魔女さん。ご機嫌麗しゅう。いやあ、相変わらずお綺麗ですねぇ」
揉み手をしながら話しかけてきたイライのお世辞には笑って返す。そういえば、私は自分がどんな容姿をしているのかはっきりとは認識できていない。いまだに水鏡に映る姿しか見たことがないからだ。
「いま、作ってもらった妖精飴のジャムを回収しているところでしてね、手間賃もこのとおりお支払いいたしやす」
「じゃあ、ジャムをとってくる」
チャリチャリと小銭のぶつかる音がする袋を持ち上げたイライを見て、ノエルは少々不遜な態度を見せながら家の中に取りに行った。そんな小さな背中を見送って、イライはぽりぽりと頭をかいた。
「いやぁ、嫌われたもので。……よほど魔女さんがお好きなんでしょうねぇ」
私が商売の話に乗ったから手を貸しているだけで、子株たちを殺そうとしたり、私を本物の魔女なのかと疑っていたイライのことは嫌ったままであるらしい。
正直、その疑いは事実なので私は怒っていないのだけど、ノエルからすれば許されざる行いなのだろう。
私をここまで訝しんでいたのは、彼の他にはニコラウスくらいのものだ。
(もしかするとイライさんはステータスを見るスキルを持ってるのかな? ニコラウスさんみたいに魔力差のせいで上手く見えなくて、警戒しちゃったとか)
他人から見た私のステータスがどのようなものかは知らないが、ステータスで他人を測るような人間からすれば見えないのは不気味だろう。最初の警戒具合にも納得できる理由だ。
「そういえば魔女さん、今日はお詫びとお礼を兼ねて一つ贈り物をさせていただきたいんですが」
彼はそう言って近くに停めていた馬車の荷台から布に包まれた大きな板のようなものを持ってきた。そこへ丁度よく、ノエルがたくさんの瓶詰が入った籠を複数運んでくる。
「おっと……さすが獣人は子供でも力がありやすね。ついでに荷台へ載せてもらえますかねぇ」
「……分かった。……その板はなんだ?」
「へへ。ノエル坊ちゃんにも是非お見せしやしょう。先に籠をそちらへ」
ノエルがジャムを荷台に置いて戻ってきたところでイライは板を覆っていた布を解いた。そこに現れたのは眩しく輝く銀色のもので、かなり高級そうな彫り物にはめ込まれた姿見であった。
(へえ、私はこういう姿なんだ……我ながら絶世の美人を作れたんじゃない?)
そこに映っている自分を見て、私は初めて己の姿というものを認識したのである。妖艶さの塊みたいな美女の微笑む姿が映っているのだが中身はただのマンドラゴラなので、ちょっと申し訳なくなった。こんな美人がマンドラゴラでごめん。
「うわぁ……これ、すごい高級品なんじゃ……彫刻の細工がすごくきれいだ。でも、魔女さまにとても似合いますね!」
鏡の枠として使われている彫り物は、植物をモチーフとしていてとても華やかだ。植物だらけの我が家にあっても馴染みそうなデザインである。ノエルも嬉しそうに尻尾を振りながら鏡を覗き込んでいた。
「喜んで頂けて何より。ノエル坊ちゃん、こちらがジャムの分でさぁ。受け取ってくだせぇ」
「……手付金にしては多くないか?」
「いえいえ。それだけ利益が見込めそうですからねぇ」
私には貨幣価値など分からないがノエルからすれば不当な額ではないらしい。お金の入った巾着を受け取り、鏡も貰って随分と機嫌もよくなったのか、尻尾の揺れは止まらない。
「他にもほしいものがあれば優先的に入手してきやすが、どうです?」
そう尋ねられてふと思いついた。私は取り込んだ植物を操れるが、今のところ私が扱えるのは魔境にあったものがほとんどだ。各地の珍しい植物も何かに使えるかもしれないし、何より今欲しいのは食料となる普通の植物である。
(野生にないものはさすがに取り込んでないからね……)
この村にも主食となる麦畑はあるが、他の野菜は簡単な家庭菜園程度である。そう種類は多くない。
人間が食べるためだけに品種改良を重ねた栄養満点で味も良い、そんな植物。私にはあまり必要なくともノエルにはいろいろなものを食べてほしい。魔境の植物ばかりでは栄養が偏りそうだし、子供の成長に良くないだろう。
そういう意味で畑とノエルを指した後、口を指さした。イライは首を傾げているけれどノエルには伝わったようで、感動したように目を潤ませながら私を見上げている。
「……魔女さまは、食料になる植物が欲しいらしい」
(うん、そういうこと)
「へぇ、なるほど。……たしかに、ここには珍しい植物は多いですが、一般的な野菜なんかは少ないようで。分かりました。村にない植物があれば優先的に取り寄せやしょう」
イライも快く引き受けてくれたので食料については安心だ。商売の話も終わり、ノエルが鏡を家の中に運んでいる時だった。
「そういえば魔女さん。あの鏡には特別な魔法がかかってましてねぇ」
(え、何?)
「あれは真実を映し出す鏡なんでさぁ。もし幻術魔法なんかを使って姿を変えていたら、鏡が本来の姿を映し出すってもんでして。……ということで、玄関が映る場所に置かれるとよろしいかと。やってきた相手が人間かどうか分かりやす。これで相手を確認できれば安心ってもんでさぁ」
それはつまり、私が体の形そのものを人間に変えるのではなく、何らかの魔法やスキルで人間に化けていたらさっき鏡に映された瞬間にすべて暴かれていたということで――大絶叫した私の笑顔に、イライはへらへらと笑って返してきた。……この人、まだ疑ってたんじゃないだろうか。全く食えない。マンドラゴラよりも食えない。
このマンドラゴラは食える。おでんが良さそう。
総合四半期ランキングで表紙入りさせていただきました…!もしかすると初めて入ったかもしれないです…。
皆様にたくさん応援頂けたおかげです、ありがとうございます!書籍の詳細はもうちょっと待ってくださいね…!




