32話
私が家に戻るとノエルが心配そうに辺りを探していたので、一緒にいたレオハルトが状況を説明してくれた。現れたのは普段城に居る宮廷魔道士のニコラウスで、魔族最後の生き残りとされていた人物であったこと。そして彼はすでに城に戻ったということ。それらを聞きノエルも納得したらしい。
「では魔女殿、私は戻ります。……何かあればいつでも呼んでください。私にできることならなんでも力になりましょう」
(それは助かるんだけど……レオハルトさんってほんと、やたらと親切だよね)
彼は村人たちからも人気がある。人に嫌われる呪いを持っているらしいので、それを隠しながらなおさら人に好かれるように努力しているのかもしれない。そう思うとちょっと可哀想で、少しだけ仲間意識を持てる。……私も魔物だってバレたら嫌われる可能性が高いし、人に好かれる努力をしているところも同じだから。
今はマンドラゴラたちの無害アピールのおかげで、村人も魔物にも害がない者がいると思い始めている。このまま上手く暮らして、いつか正体がバレたとして「でも花の魔女は無害な魔物だ」と思ってもらえるくらいの関係を築けたら嬉しいのだけど。
「あの方は魔法使いさまだったんですね。……だから魔女さまに会いに来た……」
(私ほんとは魔族じゃないけどね……うう、もう来ないでほしい……)
私のことを偽物だと疑い続けているニコラウスは何度でも訪れるだろう。その度に私は悲鳴を上げる羽目になるに違いない。
「あの、魔女さま。……魔法使いさまと結婚するんですか?」
(しないよ!?!?)
ノエルがとんでもないことを言い出したので、体内で叫びながら首を振った。私はマンドラゴラ、相手は人間だ。結婚などとんでもない。結球ならできるが結婚はできるはずがない。
「そうなんだ……俺はずっと魔女さまに仕えたいです。一生懸命頑張るので、捨てないでください」
(そんなことするはずないよ。ノエルがいてくれると助かるからね)
彼ほど私の考えを理解し、都合よい塩梅で周囲に伝えてくれる存在もない。傍に居たいと思ってくれるならばずっといてほしい。……まあさすがに完璧とはいかずたまに解釈はずれるし顔に触れられないよう気をつける必要はあるけど、それ以上にほかの人間とスムーズな意思疎通がとれる仲介をしてくれる能力はありがたい。
傍に寄ってきたノエルの頭を撫でてやると、嬉しそうにはにかんだ彼の背中でぱたぱたと尻尾が揺れた。
(さて……今日は疲れたし、気分転換をしたいね。浄花を集めて、浄花の鉢植えを作ってみよう)
浄花はマンドラゴラの餌になるため、家の中に花弁を集めた籠がある。村人も持ってきてくれるので、たっぷり山のように花弁が入った籠を持ち上げた。
「あれ、魔女さま。浄花の花びらで何をするんですか?」
(まあ……ちょっとだけ……一瞬埋まるだけだから……)
大きなバケツのようなものがあれば、と思い視線を巡らせ、窓から見える位置にある普段ノエルが使っている風呂桶を指さした。人が浴槽として使えるサイズの巨大な桶だ。私は普段使っていないが、今日は借りたいという意味である。
「! 分かりました、準備します! 魔女さまはゆっくり待っていてください!」
私が持っていた籠をノエルが欲しがったので渡すと、意気揚々と外に飛び出した。私がやりたいことが伝わったのか、そのまま風呂桶もひょいっと持ち上げて川辺の方へ運んでいく。
獣人は身体能力が高いというけれど本当にその通りだ。私が桶を運ぶとなると植物を操って運ばせる方法になる。わさわさと動く葉や花が不気味に見えるかもしれないので、ノエルが運んでくれるならありがたい。
あとは川辺に置いてくれれば、花弁と土を入れて埋まろうと考えていたのだが――家の裏手に回ると、桶には水が満たされ、そこには浄花の花弁が浮いていた。
ノエルを見てみるととても良い笑顔を浮かべている。
「魔女さまは修行で、水しか浴びませんからね。いつもは川で水浴びですけど、たまにはこういうお風呂にも入りたいですよね。花の水風呂、準備出来ました……!」
惜しい、ちょっと違う。私はこんなオシャレな風呂は全く想像していなかった。多少の土に花を混ぜていい感じの肥料の混ざった土を桶にいれて鉢植え気分を味わうつもりだったのだ。
「誰も来ないように、表で見張ってます。ではごゆっくり……!」
笑顔で家の表へと見張りに向かったノエルを見送って、彼が善意で用意してくれたのでこれでもいいかと水浴びをすることにした私は、以前の失敗を活かして風呂桶の周りに植物のついたてを作った。これで突然誰かが来ても色々とパーツの足りない体を見られることはない。
そうしてやたらとオシャレな水風呂に入ってみたのだが――。
(あ、美味しい。……これも悪くないかも……?)
浄花の栄養がしみ出た水が美味しい。そういえばカイワレ大根などは水と栄養だけで育てる水耕栽培という方法を使われることもあるし、土とは違うがこれはこれでなかなか悪くない。
ただまあ、触れた花弁がしおれていくのがちょっと、見た目に悪いけれど。水も少しずつ減っている気がする。
(うーん……時々はこれもいいかも。……こうしてると時間もあるし、村の様子でも見ようかな?)
風呂に入ったまま動かないので、テレビを見るような気持ちで子株たちに意識を同化し、村の様子を見てみようと考えた。
一番気になるのは騎士団の様子だ。ニコラウスの来訪で、レオハルトはともかく他の騎士たちは疑いを再燃させてはいないだろうか。
(たぶん、紫株はあそこにいるからちょっと見てみよう)
本体の目を閉じ、紫株へと意識を同化する。そうして映った視界には、妙にセクシーなポーズを決めるリッターがいた。びっくりして叫んだが、私も子株も声に蓋があるため絶叫音を響かせることはない。
驚いたあまりすぐ同調を切ったけれど、紫の子株が覚えているらしい記憶が私の中に流れ込んでくる。そして一つ、謎が解けた。
(紫株に変なこと教えてる犯人、リッターさんじゃん!)
子株と同期すると、その株が持っているそれまでの記憶も私のものとなるようだ。リッターが今まで紫株とどのように過ごしていたのかを理解して微妙な気持ちになった。
(マンドラゴラにこんな夢中になって大丈夫かなこの人……)
しかし紫株もやたらと褒められるので悪い気はしていないようだ。少なくともリッターの好みになろうと努力している。紫株としては、それが一番「無害」であることをアピールできると考えているらしい。
(いやでもこれ、吸ってるじゃん……! 害悪認定されたらどうしよう!?)
記憶で確認したところ、紫株にリッターが頬ずりするせいで被せている布がずれ、エネルギーを吸う事故が起きていた。
子株は私ほどの吸収力がないようで、大事故には至っていないが内心慌てる。……リッターは何故か吸われることを喜んでいるようだが、これは止めたほうがいい。
(あとでレオハルトさんに言っておこう。危ないからあんまり紫株に接触しないようにって)
レオハルトにだけは声を聞かせても問題ないため細かい内容も伝えることができる。彼に頼んでリッターの危険行為は止めるとして、とりあえず今は他の子株たちの様子も伺うことにした。こちらでも事故が起きていないか心配だ。
そうして子株たちの見た景色を自分の記憶にしながら思う。……これ、録画機能付きの監視カメラだな、と。
悪事を暴かれるリッター…
マンドラゴラに夢中なのは大丈夫じゃないと思う
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