4話
人間を見つけてご機嫌な私は、人の姿になるためにも魔物を倒して成長していくことにした。
緑の巨人改めゴブリンなら簡単に倒せる。魔物に出会ったら声を上げて倒すか、倒せずとも気絶したなら触れば食事になる。
(いざとなれば地面に潜るだけでもそれなりに栄養補給できるし、食事の心配がないのは便利な体だよね。マンドラゴラもそんなに悪くないかも……?)
なんだかんだ、私もこの状況を受け入れつつあるようだ。マンドラゴラになったと気づいた瞬間は絶望したけれど今は目標も見つかったし、そこまで悲観的でもない。
そうしてご機嫌で移動していた私は、突如横から何者かに襲いかかられた。
「ウワアアアアアア!!??」
体に鋭いものが食い込み、痛みが走る。痛みで絶叫する私は、激しくぶれる視界の中で何らかの獣に噛みつかれていることに気が付いた。
その獣は私の叫びを間近に聞きふらりと地面に倒れ込む。反動で牙は外れたが、その牙が刺さっていた場所はとても痛い。
(痛い……なんか血みたいなの漏れてるし……うう……早く治ってよ、マンドラゴラなのに治癒能力とかないの……? なんかすごい治療薬作れないの……!?)
とにかくこの傷を早く治したい。治療薬が欲しい。そう願っていると、頭の中でレベルアップとは違う音が響いた。「ピコン」という短い音だ。……この音は以前にも聞き覚えがある。レベルアップとは別で何か意味がある音だろうけれど、何だろう。
(あれ、痛くない。…………穴が開いたところから何か……キラキラした液が出てる……怖……)
元々穴から流れていたのは緑色の液体で、おそらくそれがマンドラゴラの血液だろう。それが今度はキラキラと光るようになっていて、奇妙な光景すぎて不気味だった。しかも見る見るうちに穴がふさがっていく。
(これってもしかして、治療薬? 体内で作れるんだ)
では先ほどの「ピコン」ということは、薬ができた合図だったのか。いや、でも今までもこの音が聞こえたことはあったし、薬が作れたのはこれが初めてなので違う。他の意味がありそうである。
前にこの音を聞いたのはたしか、ゴブリンに引き抜かれて大絶叫しながら逃げ回っていた時だったような。
(うーん……関連性が分からない。ゲームだったらログがあったり、そもそも文字で表示されて何が起きてるか分かるんだけどなぁ……ステータス表示みたいな機能が欲しいよ)
そしてまた「ピコン」という音が鳴り、突如視界に文字が現れた。『【ステータス表示】を獲得』と書かれており、私は突然現れたそれに驚いて腰を抜かしながらちょっと叫んだ。……びっくりさせないでほしい。マンドラゴラは叫びやすいのだ。
(この世界、ステータスがあるなんてなおさらゲームみたいだなぁ……まあ、でもこれでそれなりに情報が得られるなら助かるよね。自分のステータスが見たい)
そう願えば視界に大量の文字が現れた。私のステータスが表示されているようだ。それをじっくり眺めながら情報を整理する。
【種族】マンドラゴラ(変異)
【レベル】86
【体力】B
【魔力】計測不能
【スキル】拡散声 薬物生成 ステータス表示
【進化ポイント】62
【説明】
竜血で育ち、ふんだんに魔力を含んだ最高級のマンドラゴラ。材料とすればどのような薬でも作成可能だが、素早い移動が可能となる独特の進化を遂げており、捕獲は難しい。
その声を聞けば呪いによる死が待っているため対策必須。声を拡散させる能力を持っており、目視できない距離からも声で攻撃してくる。
※このまま育てば災厄の魔物となる可能性が大きく、危険性が高い。
説明文がとてもゲームらしいというか、私から見た説明というよりかなり人間向けの説明っぽいのが奇妙だ。まるで人間に見せるために作られたシステムのように感じる。
「っていうか材料扱いなんだ……あれ、ちゃんと喋れるようになってる?」
いつの間にかしっかり喋れるようになっていた。意図せず鳥を死なせてしまって謝ったのはほんの数時間前だというのに。魔物の進化は早いようだ。……でも話せるようになったことは、スキルとして表示されていない。
(短い音はスキル取得の音っぽい。でも体の形が変化しただけなら、スキルとして手に入れたものじゃないみたい。この水かきのある手とかどう見ても普通のマンドラゴラにはないものだけど、スキルとしてはないもんね)
気が付けば完全に穴も塞がったようだ。しかし見下ろした体には凹みができてしまっている。ちょうど獣にがぶりと咥えられた部分なのだが、これは治らないのだろうか。
(……いや、待って。これ……噛まれたせいでできたへこみじゃなくて……)
茶色のダイコンにぼん、きゅっ、ぼん。と表現できる凹凸ができている。あまりにも無駄なくびれが。
こんなもの、せいぜいSNSにあげて笑うネタにするくらいしか使い道がない。そしてここにはスマホも青い鳥のSNSも存在しない。いや元の世界にももう青い鳥のSNSは存在しないけど。
(たしかにスタイル抜群になりたいと思ったけどそうじゃない……もっと人間らしい大きさと形になってからじゃないと滑稽なだけ……っ)
がっくりと地面に手をついて項垂れたら、指先が隣に倒れている獣に触れた。途端に感じる美味しさに、吸収しようと思っていなくても触れるだけで相手を食べてしまう手の能力を思い出す。
これもスキルにはないので、マンドラゴラもしくは植物系の魔物としての特性なのだろう。植物の根の部分が栄養を吸収するのは自然の摂理というものだ。
(でもこれじゃ、手で他の生き物には触れないよね。根っこの手以外で何かないかな……)
そうしてしばらく考えて、根ではなく葉や茎、花などがある上部なら触られても問題がないことを思い出した。そうでなければゴブリンが私の頭をむんずと掴んで引き抜けるはずがない。
(この上の部分で自由に動かせるツルみたいなものを生やせれば……! そして細いツルをたくさん生やして人間の髪の毛みたいにすればいいのでは……!?)
そう願えば頭の方からわさっと緑色の糸のようなものが降ってきた。動かそうと思えば自由自在に動かせる。一本一本を同時に動かそうとするとさすがに処理できないが、束ねて太い縄のように考えながら動かせばそう難しくもなかった。ツルの鞭とでも呼べば分かりやすいだろうか。
ふと表示されるステータスを見ると、進化ポイントという項目の数値が62から61へと減っていた。……どうやらこのポイントは、自分を進化させるのに使えるもののようだ。
(一か所変化するのに1ポイントって感じかな。……このポイントどうやって溜めるんだろう。でも、これだけあれば人間の形に変化できるかも!)
しかしどんな変化をしているか、鏡で確認しながらでなくては不安だ。自分の姿を映せる水場へと移動してから形を変えていくべきだろう。
そうしてしばらく移動し、水蓮のような美しい花が咲き誇る透き通った水の池を見つけた私は、いそいそと水面を覗き込んだ。
水面に移った姿は、不揃いな長さのぼさぼさの髪が生えて逆立っており、茶色い体は妙に凹凸が目立ち、緑の髪の隙間から闇のように黒い目が二つ覗く化け物だったので、私はもちろん悲鳴を上げた。……まるでゴミ捨て場で発見してしまった妙な存在感を放つ呪いの人形のような風情で、本当に心底怖かった。
(に……人形に見えるなら進歩……進歩だよ……人とつくだけマシ……)
茶色のダイコンから呪いの人形に進化したのだから、人型に一歩近づいたと思って喜ぶべきだろう。……そう思いたい。
マンドラゴラは呪いの人形に進化した▽(してません)
変化の過程をじっくり書いてもいいんですけど、次話でさくっと人型にしようと思います。メインは人型になってからですからね…ここまでが序章かな。
機会があれば変化の過程もどこかで書きたいですね。
レベルは……それだけあがるくらいの数をやってます、このマンドラゴラ。