31.5話 ニコラウス 前編
ニコラウスが国王へ魔女の調査に赴くことを告げると、衛兵の配置や城の防衛についてなどの変更があるので数日待つように言われたため、城を覆う防御結界を張るという力技でその問題を解決した。王が仕方なさそうに許可をくれたので、そのまま城を発つ。
(……これは期待じゃない、苛立ちだ。一刻も早く、犯人を締め上げたいだけ)
転移魔法陣を使い、まずはビット村が所属する領主の住む街へ。そこからは飛行魔法でビット村まで文字通り飛んで行く。
上空からビット村の一帯を見た時、他の人族の村とはずいぶん違った光景が広がっていた。村のすべてをぐるりと覆う茨、村の内部にも蔓延る鮮やかな緑と色とりどりの花。その艶やかな色彩は美しいが、同時に恐ろしい。
(植物に飲み込まれてる。まるで植物系の魔物が縄張り主張するのに似てるな。まあ、一種類じゃないから別物だけど)
植物系の魔物が進化していく中で、縄張りを持つようになると自分の根や葉を伸ばして一帯を取り込み、支配空間を形成することがある。ビット村はその状況に似ているが、植物の種類は多種多様、魔物の作る空間とは別のようだ。
(報告では村から離れた水車小屋に……あそこか)
村から少し離れた川辺にぽつりと建物がある。水車がゆったりと回る小屋、隣の建物とその周辺は花に囲まれ、まるで植物園のようだった。
おそらくそこに魔女を名乗る不届き者がいる。ニコラウスはその花の庭に下り立ち、そして全身で「何か」の存在を感じ取って固まった。
(……なんだこれ……魔力か?)
おそらくとてつもない魔力の持ち主が建物の中にいる。こんな感覚は、どの偽物を調べた時にも味わったことがない。それどころか、どんな人種を前にしても感じたことはなかった。では建物の中にいるのは、もしかすると――。
(相手を見て鑑定すれば、分かることだ。……落ち着け)
深呼吸をして、ゆっくりとその家に近づいた。何年も放置された空き家が蔦に覆われている姿は見かけるが、それとは少し違う。建物自体は傷んでいないのに、花や緑が咲き誇って家を覆っているのだ。その花も、しおれたり枯れたりしているものはなくすべてが瑞々しい。生きた植物の家、という印象を受けた。その建物も扉部分だけは何の植物にも覆われていない。出入りには不都合なさそうだ。
ニコラウスが手をかけるより先に扉が開き、中から獣人の子供が現れた。そしてその奥からこちらを見ている女。見ただけで分かる、その圧倒的な魔力量。……たしかに、ただの人間ではないだろう。
その正体を暴こうとすぐにスキル【鑑定】を発動させる。だが、しかし、予想外の結果が出てしまった。
(……なんだよ、これ)
【◆族】■■■(?)
【?】??
【■力】?
【魔力】?
【ス◆ル】■?◆■?
【?】■
【◇◇◇】
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――。
本来表示されるべき項目ですらまともに見えない。こんなステータスは見たことがなかった。
鑑定が失敗する理由として、魔力量の差がある場合と認識阻害系の魔法やスキルを使われている場合がある。だが後者はやはり、鑑定する側の魔力量が大きければ防ぐことはできないため、全く何も分からないこの女はニコラウスより確実に魔力量が多い。……それも、かなりの差をつけて。
「……誰だ?」
不思議そうに尋ねてくる獣人の子供を改めて見てみる。こちらは何の問題もなく、簡単に鑑定ができた。
【種族】人間(獣人族)
【年齢】8
【体力】B
【魔力】E
【スキル】獣化
【称号】花の魔女の従者
【備考】
命の恩人である主人に忠誠を誓う獣人。妄信的なまでに主人を信じている。主人のためなら命を捨てることも厭わない。
どうやらこの獣人の子供は、魔女と呼ばれる女に付き従っているらしい。なるほど、確かに獣人を仕えさせるのは魔族らしい行動と言えるだろう。
そして魔力の量も、どの人種より魔力に優れた魔族であるニコラウスより多い。だが、それだけだ。まだ相手も魔族だとは断定できない。人間かどうかも判断できないようなステータスを見せられて、魔族だと確信は持てない。
(……正体を暴いてやる。……期待は、しない)
魔力量が多いだけだ。他の人種の突然変異という可能性もある。相手が本物かどうか調べるために来たのだから、まだ断定するには情報が足りない。もっと相手から情報を引き出さなくてはならないと、ニコラウスは口を開いた。
「ふぅん……魔女らしく獣人を従えてるんだ。魔女を名乗っている不届き者ってお前? っていうか、お前……何?」
言葉で揺さぶりをかけながら相手の反応を窺う。しかし魔女であることを疑っていると暗に告げても、その女は微笑んでニコラウスを見つめるばかりだった。……それは老成した者に見られる余裕や落ち着きにも見えた。
「魔女さまに失礼なことを……!」
ニコラウスの言葉に反応したのは獣人の子供の方だ。妄信しているというだけあって、女への無礼を許さない様子である。
この子供がいれば邪魔をされてまともに話せそうにない。そう思って魔法で眠らせると、壁を這っていた植物が動き出し、倒れる子供の体を支えた。
(……見たことのない魔法だ。……魔族が一種類の魔法を極めると、詠唱も必要なく自由度もかなり上がるって文献はあったけど……)
だが、分からない。ニコラウスは自分以外の魔族を知らない。そして自分の場合は、一つの魔法を極めるのではなく、数多の魔法を使えるようにした。あまりにも参考にできるデータが少ない。
(まだだ。これだけで魔族と断定するには早い。もっと近くで観察する)
女に近づいて見下ろした。作り物のように造形の整った顔立ちで、微笑みを絶やさない。……まるで子供でも見つめているような慈愛の表情を、五百年も生きている魔族に向けるとは。子ども扱いでもするつもりか。
「余裕そうだね。本物の魔法使いが訪ねてきても動揺しないんだ」
微笑むばかりで何も答えない女がすぅっと指を動かしたかと思えば、子供を支えていた蔦がベッドへと早変わりした。あの子供ではなくニコラウスの質問に答えろ、そう思って正体をもう一度問い詰めたものの、彼女は答えることなく音を立てて椅子に座ってしまった。この位置では、花で作られた帽子のせいで表情も見えない。
(……怒ったのか。獣人の扱いのせい?)
弁明をしながら、表情が見えるように彼女の向かい側に座る。彼女はすでに微笑みを取り戻していたので、そこまでの怒りではなかったのかもしれない。……怒らせたのかと、一瞬焦った自分に戸惑う。
(ちがう、僕はこの女の正体を暴きに来た。……なんで一言も答えないんだ)
質問を続けても女は微笑むばかりで答えない。妙な焦燥感を覚えたところでそういえば彼女は話せないのだという報告が上がっていたことを思い出し、筆談はできるはずだと紙とペンを取り出して、テーブルの上で差し出すとようやくペンを手に取った。
『読めますか?』
それは確かに古代文字だった。現代では、滅んだ魔族が残した魔導書にしか載っていないような文字。ニコラウスは同胞が残した魔導書を見てあらゆる魔法を学んできたので、なじみ深い文字である。
現代でこれを使う人間はもういない。……魔族は皆、この文字を使っていたけれど。
(っ……まだ、分からない。……古代文字がつかえるくらいなら、まだ……)
これは現在の文字の元になっているものだ。学べばまだ扱うことはできるだろう。これを書けるだけで古い時代を生きていた証拠にはならない。
だから確認するために、現代の文字で書いて見せた。分かりやすいよう、逆さ文字でその女の目に入るように。
『お前は魔物だと断定されて国から討伐命令が出ている。逃げろ』
これだけ大げさな内容なら反応しないはずがない。ニコラウスは、その女がどのような反応を見せるかを窺った。
読めてたら全速力で走りだすマンドラゴラが見られたかもしれない
というわけでニコラウス視点は長いので三つに区切ります!
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