28話
鍋がぐつぐつと煮える音と、それをかき混ぜるノエルの鼻歌が聞こえてくる中、私はカップに口部分をつけてジャム入りの紅茶をゆっくり吸っていた。
(うん、やっぱり妖精飴のジャムは栄養があるね。……人間が食べるとどんな味がするのかは分からないけど)
イライの提案でまずは妖精飴のジャムを売り出すことから始めるという話になり、暇のある家ではこうして妖精の飴を煮てジャムを作っているところだ。収益はちゃんと渡されるし、この村も潤っていいことばかりのはずである。
「この妖精の飴って不思議な実ですよね。なんで一つの木にこんなに違う色の実がなるんだろう?」
(そうだね、味も違うみたいだしね。ファンタジー植物だよね)
この実でジャムを作る場合、まずは収穫した実を色ごとに分ける。全部混ぜてジャムを作ってしまうと色が混ざり合ってどす黒くなってしまうため、赤なら赤、緑なら緑と別々にジャムを作った方がいい。……ちなみに私はそのどす黒いジャムが一番おいしい気がしたが、ノエルは渋い顔をしていたので人間にとっては微妙な味なのだろう。
(ノエルは研究熱心だから色々作ってるけど、あの黒いジャムはもう作ってくれないんだよね……)
ノエルが作るのは、まず実を潰して果汁を煮詰め、その中に形を残した実を入れてまた煮詰めることで、綺麗な実の形が残った輝くようなジャムである。見た目が悪い物は作らない。
白い実だけは煮詰めると透明になるため、完成した他の色のジャムから実を取り出して入れることで、カラフルな宝石を詰めたようなジャムもノエルは作っていた。バリエーション豊富なこれらのジャムを見たイライは大喜びしてノエルを褒めたたえていたし、彼は料理の才能があるのかもしれない。
「魔女さまのために作ったのに、売り物になる日が来るとは思いませんでした」
どうやらこのバリエーションの豊富さも私のために考案してくれたものであったらしい。マンドラゴラである私は、人間の食べ物だとほとんど飲料しか摂取しない。というか、それが一番自然に「口にしている」ように見えて誤魔化しが利くのでそうしているだけだ。
(本当は植物用の栄養剤とかの方がいいんだけどね。浄花とかさ……)
子株に餌を与えるふりをして時々私も食べているのだが、浄花は本当にいい栄養になる。
五体の子株たちは現在、家や村の入り口、その他様々な場所に設置した子株専用の鉢植えをあちこち移動しているのだが、どうやら子株が鉢植えで休んでいる様子を見たくて、家の前に浄花の花弁を入れた空の鉢植えを置いているところも結構あるようだ。
村の出入り口が二か所あるため、五体のうちの二体は必ずそこに居るように命じ、他の三体は自由行動して村やこの家を移動している。自分たちでローテーションを組んでいるようで、自由時間の行動には個性があるらしい。分かりやすいのは紫で、何故か聖騎士の宿のあたりによくいる。……たぶん、リッターが褒めるのでそこに行こうとするのだと思う。
(音の鳴る草を使って、オルゴールみたいに音楽を流せるようにしたら子株たちにダンスを教えるつもりだったんだけど……もう充分無害アピールは成功してるっぽいからなぁ)
この世界の鈴蘭は元の世界と違って音が鳴る。しかも鈴蘭の花一つ一つに音階があるため、上手く命令をすればハンドベルのような演奏をさせることが可能だ。
しかしベルは一音が長く響く。アップテンポの曲よりも穏やかで美しい音楽を奏でるのにむいているし、ダンス用の演奏ではなく、オルゴールのように楽しむ目的で作った方がよさそうだ。それならば商品になるかもしれない。植物オルゴールは見た目も美しいし、イライが喜んで売ってくれそうな気がする。
(まあ、私がメロディをちゃんと教えないといけないから難しいんだけど……)
鈴蘭がちゃんと順番に正しい音律を刻むように命令を下していかなくてはならない。触れた順番とその間隔で鳴らしていくように命じることで自動演奏をさせようと試みているのだが、つまるところまずは自分で演奏しなくてはいけないのだ。
前世で施設のイベントでハンドベルの演奏会をしたことはあったが、自分が担当するベルは二つ程度。楽譜を知っている訳じゃない。
(ノエルは私がこれをしてると嬉しそうに聞いてるから酷い演奏にはなってないのかな……というか、元の曲を知らないもんね。私が作曲してると思ってるみたいだし)
最近はこの音の次はこの音だったかな、いや違ったこの音かな、と試行錯誤しながら今、クリスマスの定番音楽を演奏させようとしているところなのだが。……しかし絶対音感など持っていない私なので、微妙に違う曲が出来上がりつつある。
(今日も続きをやろうか……ッ!? え、なに……!?)
鈴蘭を育てている鉢植えに向かおうと立ち上がった時だった。ぞわりと全身を駆けめぐる、悪寒のようなものを感じて固まる。縄張りに何か、強大な力を持った者が入ってきた。そういう感覚だ。
「? 魔女さま、どうかしたんですか?」
この感覚は私にしかないものらしい。ノエルは立ち上がったまま動かない私に気づいて、鍋の火を落としこちらに駆け寄ってきた。
私にもこの感覚の正体は分からない。ただ、何か今までなかったものが近くに居るということだけは分かる。
(……たぶん、家の外……うう、今子株たちは近くにいないんだよね……家の外にも一体待機させておくべきだったかなぁ)
しかもその気配はこの家の外にある。私が生み出した植物たちに囲われている場所のため、それがよく分かるのだろう。ひとまず外の様子も見たいし、子株たちへ戻ってくるように命じた。遠くに居ても分身として意識を分けているため、彼らが急いで戻ってこようとしているのが分かる。一番近いのは村の出入り口の見張りをしていた子株だ。
子株が戻るまでこのまま相手が動かないでいてくれると助かるのだが、どうだろう。そう思いながら玄関の方に顔を向けるとノエルもそちらを見た。
「誰か来たんですか? 見てきますね」
(あっノエル……! 危ないかもしれないよ……!)
しかし声で引き留めることのできない私は、さっと駆け出していったノエルの背中に届かぬ手を伸ばすばかりだ。
私のような不安を抱いていない彼は普通に扉を開けて、そこに立っていた人間を見上げた。
「……誰だ?」
そこに居たのは村の人間でも騎士でもイライでもない。フードを深く被った、怪しげなローブ姿の人間だ。その人物はじっとノエルを見下ろしているが、敵意はないのかノエルも不思議そうに相手を見上げたままである。
「……ふぅん……魔女らしく獣人を従えてるんだ」
そう言いながら男はフードを外した。濃紺の長い髪が零れるように流れ落ち、紫水晶のような瞳がこちらに向けられる。
「魔女を名乗っている不届き者ってお前? っていうか、お前……何?」
私を不審そうに睨む、謎の人物。よく分からないがめっちゃ怖い。私は体内で盛大に恐怖の叫び声を上げた。
きちゃった…株主……
そういえば感想の総数が600件を超えていました。
すでに過去作のどれよりも感想が多いという…ほんとに皆さんに楽しくコメントしていただけているようで、嬉しいです。いつも応援ありがとうございます。




