27話
魔女の品を売りたいと言い出したイライは、売り物になりそうなものを探して色々と提案してきた。この村にはすでに珍しい植物が多く、まず最初の商品を何にするかを悩んでいるようである。
「たとえばこの妖精の飴ですが、瓶詰にして売るだけでもいい商品になるかと思いやす。簡単かつ、見栄えもいい。しかし飴のように見えても果実ですから、保存期限が問題ですかねぇ」
「あ……それなら俺、ジャムを作ってる。ジャムにすれば保存期間は延びるし……」
「なるほど、そりゃいいや! まずジャムを流通させ、この村に人が訪れるようになった時には瓶入りの果実を村の特産品にすればよさそうですねぇ」
この商人の頭の中ではどうやら、いつかこのビット村が観光地になるという未来が描かれている。ここは国の端で、辺境のド田舎でしかも傍に魔境があるという危険な土地らしいのだが、そんな場所にわざわざ観光に来ようとする変わり者はあまりいないと思う。
そもそも行商人とて、このイライ以外は訪れてくれないのだとエリーから聞いていた。そんなに儲かる土地でもなさそうだし、彼は善意でビット村を訪れていたのだと思う。村を盛り上げようという考えももしかすると善意や厚意なのかもしれない。
「ノエルの坊ちゃん、開発にご協力いただけますかい?」
「……魔女さまのためであって、お前のためじゃないからな。勘違いするなよ。俺はまだ許してないんだからな」
「いやぁ……そこは重々承知。あっしは身を粉にして魔女さんへの罪滅ぼしに尽くすばかりでさぁ」
ノエルはイライに反発しつつも、その商売に協力するつもりはあるらしい。むすっとしながらも助言をし、話を進めてくれている。
一方のイライは揉み手をしつつ笑いながら子供の敵意を受け流す。さすがは商人というところか。私のためという部分はあまり本心からの言葉とは思えないものの、商売として成功させたいのは本当だろう。それには魔女の悪評はない方がいいので、噂の塗り替えについては頑張ってくれるはずである。
「あとは、薬の類はどうです? 魔女や魔法使いの薬なんてものは伝説級の代物ですぜ。城の魔道士殿がたまーに作っているようですが、貴族しか手が出せないもんで。魔女殿は薬で村を救ったと聞きましたし、それを売ってくれたりは……」
(ああ、完全回復薬か。作るのは簡単だけど、これ売れるのかなぁ……見た目、鬼火草なんだよね)
鬼火草は墓に生える植物なので、この見た目は売り物として縁起が悪いはずである。そう思いながら一つ、完全回復薬入りの実を作ってイライに渡した。受け取って観察するまでニコニコと笑っていた彼は、観察するうちに表情が抜け落ちていき、真顔のまま固まった。
「……あの。…………これ、なんです?」
「魔女さまが作る薬だ」
「いや、それはそうですが……そうではなく……完全回復薬に見えるんですが……こんなものを何十と作って配ったんで?」
これが一番効くと思ってそうしたのだ。頷く私を、イライがとんでもない物を見るような目で見てきた。
「アンタ、バケモンですかい?」
「魔女さまに失礼だぞ!」
「いえ、悪い意味ではなく……予想を超えておりやした。これは流通させると市場が崩壊しやす、やめておきやしょう。ごく一部、本当に必要な者にだけ話を持ち掛ける程度にしておくべきかもしれやせんね」
実際人間ではない私は化け物かと尋ねられたことに悲鳴を上げたが、どうやら悪い意味ではなく超人的なレベルですごいという褒め言葉だったらしい。……この完全回復薬はポンポンと出さない方がいいのかもしれない。
「でもこれが作れるってことは、もっと一般的な薬も作れやすでしょう?」
(うん、そうだね。症状の判別とかできないから一発で治る薬にしてただけだし……)
「では、売るのはそちらがよさそうですねぇ……他には――」
こうしてイライとの商談は進んでいく。彼の中では魔女の住む村を観光地にまで伸し上げる計画がありそうだったが、そんなにうまくいくものだろうか。……しかし、多くの人が訪れるような場所になる場合、私には一つ心配事があった。
(噂に聞く本物の魔族の人とか……来たりしないよね?)
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ニコラウスは与えられた研究室にて、ソファに寝そべりながら届けられた報告書を読んでいた。自分の助手に関わることなので一応確認する。手足になる人間がいないと不便なので、偽物の魔女などさっさと摘発して戻って来いよと不満を抱きながら、文字に目を滑らせた。
「はぁ……?」
その報告書には目を疑う内容が書いてあった。
曰く、ビット村に現れた魔女は本物である可能性が高い。高度な魔法で植物を自在に操り、簡単に育ててみせる。ついには魔物であっても植物であれば従属化することに成功し、動くマンドラゴラを従えるようになったという。
「……集団幻覚でも見てるわけ?」
眉間に皺を寄せながら起き上がったニコラウスは、もう一度報告書の内容を繰り返して読んだ。見間違いや読み間違いなどではなく、全く変わらぬ報告がそこにある。
(僕以外の魔族がいたって? ……いまさら?)
五百年前、魔族はニコラウスを残して滅んだ。それから人族に育てられ、魔族としての「魂の名」とは違う「ニコラウス」という名をつけられ、人族に育てられながらずっと考えていた。大人になったら、自分のような生き残りがいないか探そうと。
――結果、魔族はもういないという現実を突きつけられただけだったが。
(いるわけがない。僕だって探したんだ。……絶対に偽物だね、その正体を暴いてやる)
全くもって腹立たしい。その苛立ちをぶつけるように、ぐしゃりと報告書を握りつぶした。
ニコラウスとて最初の百年は希望を持っていた。広い世界のどこかにきっと同胞はいると。次の百年でも希望は断ち切れず、魔族の噂を聞くたびに飛んでいった。しかし魔族を名乗った者たちはすべて紛い物の詐欺師で、ニコラウスの希望と期待は何度も砕かれ裏切られてきた。
だから三百年が経つ頃には諦めた。そして、魔物の研究を始めたのだ。……一説によると、魔族の祖は魔物なのである。魔物が進化し人と同等の知能を得て、人間と子孫を残したところから、人の中でも優れた力を持つ「魔族」が生まれたという起源説。
(いないなら作ればいい、どうせ時間は無限にあるんだ。……それにしてもほんと、むかつく。魔族を名乗ったこと、後悔させてやらないと気が済まないな)
ニコラウスが魔物の研究に傾倒した理由はそこにある。もうこの世にいないなら新しい魔族を生み出せばいいと。しかし魔物の進化を操るのは難しく、今でも成果は出ていなかった。……この言説がそもそも間違っているかもしれないという可能性から目を逸らし続けながら、今でも諦めていない。
その一環としてマンドラゴラの研究もしていたというのに、自分より先に特殊な進化をさせた相手が現れたことも腹立たしい。ニコラウスがせっかく竜の血で育てたマンドラゴラは行方不明となっており――。
(待てよ。……この動くマンドラゴラは、もしかして僕の物じゃないのか?)
この魔女を名乗る不届き者は、ニコラウスの研究物を奪った可能性が高い。そう思うとはらわたが煮えくり返る。この偽物がマンドラゴラを盗まなければ、ニコラウスの研究は進んだかもしれないのに。
(……やっぱり、僕が直接行く必要があるな)
そうしてニコラウスは立ち上がった。宮廷魔導士として城に住んでいる以上、まずは国王に許可を取る必要がある。
(絶対に化けの皮をはがしてやる)
化けの皮はがしたら出てくるのはポンコツ野菜なんだよなぁ…桂剥き出来そうな感じの
実は転生転移のファンタジーランキングで月間一位になってました…!たくさんの方に長期間応援していただいている証ですね…!ありがとうございます、三章も頑張りますね!




