26話
この行商人は時々村を訪れている。辺境のビット村にとっては重要な物資の運び手だった。私は遠目にしか見たことがないけれどいつもニコニコして感じのいい人だったが、さすがに見慣れぬ子株たちには驚いたのか仰天した様子である。
「イライさんこんにちは! このマンドラゴラ、可愛いよね!」
「ま……マンドラゴラ……!? 叫ぶ前に殺さねぇと!」
「あー! だめだよ! 魔女さまがせっかく危なくない子にしたんだから!」
馬から降り、武器を取り出そうとした行商人イライの前にエリーが両手を広げて立ちふさがる。その背後に子株たちは隠れ、子供の細い脚に取りすがって震えていた。きっと体内ではギャアギャアと叫んでいるのだろうが、叫ぶことを禁じられている彼らにできることは子供を盾にすることだけだ。……うん、あれはきっと子供を盾にしている。私には分かる。人を傷つけるなとは言ったが盾にするなとは言ってないので、あれが身を守る術なのだろう。
「ほら! この子たちは何もできないから、攻撃したらかわいそう!」
「だ、だが……」
「このマンドラゴラは叫びませんし、人を傷つけることはできません。……魔女殿の魔法によって、攻撃能力を奪われています。ただ動くだけのマンドラゴラです」
まだ警戒を解かないイライの前にレオハルトが立つ。聖騎士は人々から信頼される職業のようなので、そんな相手からも太鼓判を押されて戸惑っている様子だ。
「ただ動くだけって言っても……所詮は魔物で……」
イライは困惑しながら子株たちを見下ろした。まだエリーを盾にしたまま震える彼らに、私の下へ戻ってくるようにと念じる。すぐに命令通りエッホエッホと走って戻ってきた彼らは、私の周りをぐるりと囲った。
(ほら、無害アピールの時間だよ。手をつないでちょっと踊る感じでぐるぐる回って……)
そうして私の足元で手をつなぎまわり始めたマンドラゴラ。丸い子たちはともかく、一人だけ体格が違うので、なんだかまとまりがない気がする。
(……いっそこの子をセンターにして、他の子をバックダンサーとして踊らせたほうがいい気がしてきた。そのうち練習させてみよう)
踊れるマンドラゴラはなかなかのインパクトがあるだろう。音を鳴らす植物も存在するので、組み合わせて植物音楽隊を作ってみるのもいいかもしれない。こうして愉快で無害な植物であることを印象付けていくのはいい考えな気がしてきた。
しばらくマンドラゴラダンスをじっと観察していたイライは、まだどこか訝し気にしながら私をじっと見据える。
「……本当に、魔女なんですかい?」
「こんなことができるのに、魔女さまを疑ってるのか? マンドラゴラなんて魔物なのに、それでも従えられるような人種は魔族以外にない!」
ノエルはイライに対し不満をあらわに毛を逆立てていた。人間なら魔族でないとできないことなのだろう。……実際、私は人間じゃなくてマンドラゴラだからできるわけだが。
「……まあ、それも……そうですよねぇ。こんなこと、魔族じゃないならもう、魔境の奥地にいるような上位の魔物くらいしかできませんよねぇ」
魔境の奥地から出てきたレベル99の私は悲鳴を上げたし、マンドラゴラたちも怯えたのか踊るのをやめて地面にうずくまってしまったが、表面上は笑顔の私と踊るのに疲れてばたりと倒れた子株たちにしか見えないだろう。
「聖騎士の方々まで随分くつろいだ様子で……ほんとに、危険はないんですね?」
(う、うん。私は全然、危なくない魔物だよ。人間を傷つけたりなんてしないから……!)
私はうずまく不安をどうにか誤魔化すべく、足元にいるマンドラゴラを一体抱き上げた。緑の服を着ているためこれは子株一号だ。そんな私を見ながらイライは少し考え込むように顎に手を当てている。
「……魔女さま。このイライと商売をしてみる気はありませんかねぇ?」
(……商売……?)
「実は、あっしがこの村とアンタについて噂を広めてしまいました。村の異様な変化が恐ろしく、アンタは得体の知れぬ存在で……しかし聖騎士もアンタを魔女だと認めるなら、その存在は大きな利益を生むことになりやす」
イライの話はこうだ。私が魔女と認められたなら、魔女の作った品と名をつけて売れば確実に利益の出る商売になる。しかも私は植物魔法を得意とする魔女で、薬や珍しい植物を生み出せるため、需要はどこにでもあるのだという。
「おい、虫がいい話だろ。……もしかしたら、勘違いで魔女さまが連れていかれるかもしれなかったんだぞ」
だが、そんなイライの話に拒絶感を示したのはノエルだ。彼もまた、私の傍のマンドラゴラを一体抱き上げた。桃色の服をきたマンドラゴラをぎゅっと抱きしめている。それは、もしかすると私の代わりなのかもしれない。……まあ、マンドラゴラだし実質私を抱きしめるのと似たようなものだが。
「ノエル、そんなに怒らないであげてよ。イライさんは外からくるから、魔女さまのこと知らなかったの。……この子たちだってこんなに可愛いけど、私も最初見たときは吃驚しちゃった。でもほら、可愛いでしょう?」
「可愛い……いや、まあ……面白くはありますがねぇ……」
エリーが黄色のマンドラゴラを抱き上げ、イライに向かって掲げた。無害アピール続行中の子株は、何も分からないという様子でほんのり胴体を曲げ、首を傾げているかのように見える。
そんなマンドラゴラをイライがじっと間近にのぞき込む。あまりに見つめられた子株は「きゃっはずかしい」と言わんばかりに手で目を塞いだが、あまりに近いので露出している目のあたりが触れて、相手を吸わないように塞いだだけだろう。
「魔女さん、噂の件については本当に謝ります。だからこそ……本物の魔女だったという噂で塗り替えるためにも、その強力な証拠になる品が欲しく……このマンドラゴラを一体預かる、とかでもいいんですがね。でも魔女さまも、支配下にあるとはいえ魔物を遠くにやるのは心配でしょうし」
そう言いながら彼は水色のマンドラゴラを拾い上げた。恐怖心や警戒心は、触れられるくらいには薄れたようだ。
そうして地面に残されたのは紫のマンドラゴラだけとなった。自分が抱き上げられる番を待っているのか、セクシーなポーズをばっちりと決めている。……逆に誰も触れない気がするが、そっとしておくことにした。
「だから頼みやす、魔女さま。……あっしもこんな機会は逃したくないし、罪滅ぼしもしたい。アンタも魔女として知られれば、もう疑われることはない。お互い、利益しかない話かと思いますがねぇ」
イライの言葉には一理ある。私が「魔女」として知られれば、逆に「魔物」だと思う人間は減るかもしれない。
魔族の生き残りの花の魔女。それが実在すると、人間たちに思い込んでもらえたほうが私は安全なのではないだろうか。そう思って頷くと、イライは「そうこなくっちゃ!」と手を叩いて喜んだ。
「もう……魔女さまはお人よしなんですから。怒ってもいいのに」
(怒るようなことじゃないからね。……実際、私はマンドラゴラなわけだし……疑いから逆に魔女だと証明されることになったなら、いいことだし。まあ魔女じゃないんだけど)
そう思いながらノエルの頭を撫でた。私の人間としての生活は、おおよそ順調に進んでいる。ヒヤヒヤすることは多いが、それでもなんだかんだと皆が勘違いしてうまく誤魔化せてきた。きっとこれからもなんとかなる、と思いたい。
(これからはこの村の魔女としてだけじゃなくて、村の外からもいい魔女だと思われるようにならなきゃね……!)
――なお、紫のマンドラゴラはいまだにセクシーなポーズを決めたままである。……この子だけ何故この路線なんだろう。
危なくない魔物なんていないんだよね
ここまでが二章、次回から三章開始ですかね。
これまで沢山の応援をいただけて、とても更新の励みになりました。ありがとうございます。
三章こそ生みの親ならぬ埋めた親の魔道士を出す予定。三章も是非、よろしくお願いします…!




