24話
死なせなくて済んだのはよかったが、声を聞かれてしまった。内心冷や汗を掻きながらどう誤魔化したものかと慌て、レオハルトの顔を見ていられず地面を見つめながらその動揺が伝わっているのか震えて落ちそうになるマンドラゴラを抱え直す。そうしている間に彼はゆったりとこちらへ歩み寄ってきた。
「心配なさらないでください。……大丈夫ですよ」
(……あれ、なんだか敵意は感じないような?)
私はてっきり、声を発せることを隠して人間たちを騙したのかと詰問されるとばかり思っていた。予想外の反応に戸惑う。
すぐ目の前に立ったレオハルトは興味深そうに私が抱いているマンドラゴラを覗き込んでいた。死の絶叫をする生物を、何の恐れもなく見つめられるとはずいぶん変わっている。対策があるとしても恐怖心は一切ないのだろうか。
「……声、平気なの?」
「……ああ、やはり。貴女も私と同じような呪いをお持ちですか」
(あっやっぱり呪い攻撃なの分かってる……!?)
つい片手で口を塞いでしまったが、塞いだところで何の意味もない。何故か片手で抱えているマンドラゴラまで手で口を押さえるような仕草をしている。……一度意識を同調したせいか、私の行動を真似るようになったのかもしれない。
「貴女には見られているので隠す必要もありませんね。……私も同じ呪い持ちです。ですから、他の呪いにはかかりません」
そう言いながらレオハルトは眼帯を外してみせた。そこには以前と変わらず、赤い瞳が存在している。てっきり怪我でもして眼帯をしているのかと思っていたけれど、そうではなかったらしい。
「この目を見た人間は、私を忌み嫌い、憎悪すら抱く。どんなに親しくなった相手でも、私の目を見れば殺意を覚えてしまう。そしてこの強力な呪いは、他の呪いを跳ね返す。そういう呪いなのです。しかし貴女は私と目が合ったのに助けてくださった。そして今、目を合わせたというのに気にしていない」
それは随分と大変な呪いだ。目を合わせるだけで殺意を抱かれるなど、生き辛いにもほどがある。幸い片目のみの呪いだから隠して生きているのだろうが、人間は片目が見えないだけでも不便なはずだ。空間の把握もしにくいだろうし、魔物と戦うなら危険度も跳ね上がるはずである。
「……貴女も同じ呪いをお持ちでしょう?」
(え、何のこと……?)
「貴女の声には、人に憎悪を抱かせる呪いがかけられているのではありませんか?」
予想外の反応に目を瞬かせた。尋ねられてはいるが、レオハルトはそう確信しているようだ。どうやら彼は元々呪われており、その副次効果として「他の呪いを受け付けない」体質であるらしい。
だから私や子株マンドラゴラの声で死ぬことも気絶することもない。そして人間に強い効力を発揮する呪いが効かない私を見て、自分と同じだと考えたのだ。
(私は嫌われるどころか相手を殺しちゃうんだけど……)
彼は呪い無効の体質のせいで、自分に向けられた呪いの質がどのようなものなのかもわからないのだろう。ただこの勘違いはありがたい。喋れないことに理由がつけられるからだ。
種類は違えど声に呪いが掛かっているのは事実だし、とりあえず頷いて肯定しておいた。
「きっと貴女も声を聞かれたことを気にしていると思っていましたから、話す機会ができてよかった。……私たちは、お互いの呪いが効きません。私にだけは、声を聞かせても問題ありませんよ、魔女殿」
レオハルトはとても真剣な表情でそう言った。こういう時、どう返せばいいのだろう。人と喋らずに過ごすのが当たり前になっていたので、会話の仕方を忘れてしまった。
それに彼はノエルと話しながら自然と情報を引きだす会話術を持っている。あまり話すと言葉の端々からボロがでて、マンドラゴラバレしてしまいそうな気がする。
「……ありがとう」
だから短く答えるだけに留めておいた。ただやはりちょっと怖いので、叫ぶのを堪えながら話したら声が震えたし、すぐに蓋を閉じて叫んだ。子株もぶるぶる震えるので、落とさないようにぎゅっとしっかり抱え込む。
「感謝をしたいのは私の方ですよ、魔女殿。貴女は私の救いですから。貴女との出会いを神に感謝したいほどに」
確かに命を助けはしたが、それにしてもレオハルトの声はあまりにも真剣で、熱が籠っているように感じた。
命の恩人ともなればそこまで感謝されるものなのだろうか。……いや、そうかもしれない。ノエルや村人たちからの態度も似たようなものだ。
「私の左目についてはどうか、ご内密に」
そう言いながらレオハルトは剣を抜いた。月光に銀の光がきらめき、私は全力で悲鳴を上げる。しかしその刃は地面に突き立てられ、彼はその前に傅いた。
「その代わり、私も貴女の秘密を守ることを誓います。この剣にかけて」
(あああッびっくりしたぁ……!! 口封じかと思ったよ……!!)
てっきりばっさりやられるのかと思って身構えたが、どうやら騎士の宣誓の儀式のようなものだったらしい。心臓はないがあったらバクバクと音を立てていることだろう。……その代わりにまだ収まらない悲鳴が体内で上がっているが。
「私は村へ戻りますが、魔女殿は?」
「……私は、まだ」
「分かりました。……では、また」
一度私をじっと見つめてからレオハルトは村への道を戻っていった。今度こそ、生やした植物の道を人が通っていく感覚がある。……どうやら彼は私より先にこの山へと入っていたようだ。あとをつけてきた訳ではなかったから、気づけなかったのだろう。
(ああ怖かった……でもなんだか、上手く勘違いしてくれて誤魔化せたっぽい……?)
深いため息を吐いて、私はもう少し山奥へと進み、結果的に五体のマンドラゴラを作った。なお、そのうち一体はリッターという騎士が見かけたものと同じ、無駄に凹凸がくっきりとした形に進化させた。
(……うーんこれは一度見たら忘れられないね……リッターさんが覚えていたのも納得のインパクト……)
SNSがあったら写真をアップしたい見事なくびれのマンドラゴラには服を着せるのがもったいないくらいだったが、ちゃんと全身タイツのような服を着せておいた。……これはこれで非常に印象深い姿になったが、まあいいか。
よくない。
次回は分厚いフィルターの中身…レオハルト視点。
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