22話
マンドラゴラを増やそうと思ったけれど、引き抜く際の声が問題だ。声のない状態で生み出せればいいが、そんなに簡単にいくとも思えない。近くに人がいれば殺しかねないので、どうしたものかと悩んでいるうちに数日が経った。
多様化のスキルでは植物の葉や花、実だけを生やすようなことはできるし、一気に育てたり枯らしたりすることもできる。実の中に薬を詰めるような応用も可能だが、ただの植物ではなく魔物の体を変化させる――つまり、レベルアップさせて進化ポイントを消費し、体に変化を起こした状態で生み出せるのかというと、自信がなかった。
(庭に遊び場を作ってるから子供たちも頻繁に遊びに来るし、最近は騎士たちの目もあるし……どうやってマンドラゴラを育てよう?)
レオハルトとリッターを含め、村には十人の騎士が滞在することになった。彼らは以前もこの村を訪れたことがあり、村人の生活の変化に驚きと戸惑いを隠せない様子で、私が村を訪れると警戒するようにこちらを見る。
(うーん……そっか、村の変化が急すぎたから、外から見るとかなり怪しいんだね……)
私はただ村人が生活しやすいように、彼らの望みを叶えてきた。魔境で取り込んだ多くの植物が役に立ったが、そんなものが短期間で人里に定着しているのは異様に見えるだろう。しかもそれが、この世に存在しないはずの魔女のしわざだと言われているならなおさら。
(うう、魔物だって絶対バレないようにしなきゃ……とりあえず、愛想よくしておこう。軽く手を振ったり……)
内では恐怖で小さく悲鳴をあげているが、この状態でも顔だけは笑って見えるのだ。親しみを込めてこちらを見ている騎士たちに手を振ってみたものの、効果はあまりなさそうである。目を逸らされてしまった。
「魔女さま! これ、とれたてのたまごだよ!」
「魔女さま、おかげさまで家畜が良く育ちます。これ、とれたての乳です。どうぞ持っていってください」
「魔女さまとて力を使ってばかりでは疲れますでしょう? 花弁を集めましたので、庭の肥料にお使いください!」
「ねえ魔女さま、あの木の上の秘密基地にさ、でっかい草のベッドを作ってくれよー!」
私が村を歩くと人々は次々に声をかけてくる。物もたくさんくれるので、ノエルの両手はすぐに塞がってしまった。
いつの間にか私の従者として周囲からも認められているノエルは、主人である私に荷物持ちをさせたくないようで、小さな体でたくさんの荷物を抱えている。子供とはいえ獣人ゆえか、成人男性くらいの力はあるようだが、それでも物が多くて嵩張れば小さな体では運ぶのも一苦労だ。
(村で困ってる人はいないみたいだし、一回戻ろうかな。ノエルがつぶれちゃいそうだし……)
「運ぶのをお手伝いしますよ、お二人とも」
突然現れたレオハルトがノエルから牛乳の入った籠をさっと取り去った。あまりにも手慣れた様子だったので、普段から重たい荷物を運ぶ人を見かけるとこうして手伝っているのかもしれない。
数日様子を見ていた限りでは、村人たちからもこのレオハルトは他の騎士よりも随分好かれているように思える。
「あ……これくらい持てる!」
「獣人である貴方なら、これくらいの重さはものともしないでしょう。でもどうか、私にも手伝わせてください。……実は以前、私も魔女殿に救っていただきました。恩返しがしたいのです」
「……そうなのか?」
「はい。魔境の変化を調査するため、単独で山を登った時のことで――」
そうしてレオハルトが語る話にノエルも耳を傾け始めた。一歩レオハルトが水車小屋へと歩き出せば、そのままノエルも自然と足を踏み出してついていく。
私との出会いはノエルの興味を強く引いているので、この話題は正解だろう。話を聞くうちにノエルの警戒心が薄れていくのが分かった。
(わあ、人の懐に入るのが上手い。この手腕は見習いたいなぁ……)
私の場合は会話しようものなら懐に入る前に殺してしまうので完全に真似はできないが、この人当たりの良さを観察していれば騎士たちの警戒心を解くヒントにはなるかもしれない。二人の話を聞きながら私もあとに続く。
「あのような場所で誰かに出会うとは思わず、私は死を覚悟していました。しかし魔女殿が現れ……慈悲深い彼女は、私を憐れみ、涙を流してくださった」
「分かります。魔女さまは優しいから」
「しかもその美しい涙は、私の傷を癒す奇跡を起こしました」
「村でも同じことがありました。魔女さまの涙には人を癒す特別な力があって……」
いつの間にかノエルはレオハルトに対し敬語を使うようになって、私の活躍をそのまま彼に話して聞かせる流れになっていた。楽しかったことを大人に話す子供の様に、自慢げに私のことを語るノエル。上手い相槌を打ちながら、話を促すレオハルト。
私が拾ってから、ノエルとはずっと共に過ごしてきた。私の行動にボロがあれば彼の口から伝わりそうだな、と思って一瞬でさっと体温が下がるような気分になった。そもそも私は植物なので人間のような体温はないため、気分だけだが。
(私、なんか変なことしてないよね……!?)
もしかしてこれは、騎士の調査の一環だったのかもしれない。内心悲鳴を上げながら二人についていく。魔女の話を聞いてくれる大人に対してノエルは嬉しそうに話しているが、笑顔のレオハルトがその話をどう受け止めているかは非常に不安だった。
「魔女殿は、本当に一言も話せないのですか? ……それは不便ではありませんか?」
「そうでもないですよ。魔女さまの伝えたいことは何となくわかります。いつも俺や村の人たちのためを考えて動いてくださるから……俺、魔女さまに仕えられたことが誇りなんです。だから、魔女様を連れて行ってほしくなくて、変な態度をとりました」
「ノエル殿の気持ちはよく分かりますよ」
「はい。レオハルトさんも魔女さまに助けられたなら、俺の気持ちが分かってくれると思ったので……! 魔女様の疑いを晴らすために、頑張ってください!」
「ええ、もちろん」
振り返ったレオハルトが私に向かってにこりと笑う。その笑顔が「どうして話せないことにしているんですか?」と尋ねているような気がして、全力で悲鳴を上げたが顔だけは優しく笑い返していることだろう。
(疑い、深まってそうで怖いよぉおおお……!)
――とにかく、何かしなければ。少しでも疑いを晴らせるように。
(そうだ、山に行こう! 人のいない山でならマンドラゴラを生やしても大丈夫!)
自分以外の怪しい存在を増やすことで、調査をかく乱する。他に注意を向けさせるのだ。大混乱した私は、数日以内に分身のマンドラゴラを増やすことを決意した。
ダイコン乱はやめてもらってもいいですか
次回。…増えます。
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